組織の力

2020.08.24

床ポートフォリオ レポート

もしあなたが会社の経営者で、自社のオフィスを構えるとしたらどう考えますか?

「未来のオフィスが担うべき5つの役割レポート」でも述べたように、もはやオフィスじゃなくとも仕事ができる時代になってきています。自宅(在宅勤務)や電源・WiFiが整ったカフェ、コワーキングスペース等に加え、最近はワークプレイスならぬワークスポットと言えるような、仕事環境がばっちり整った電話ボックス型のブースが街中に置かれ始めたりもしています。もともとデスクワークはオフィスという場でしか起こっていなかったシーンですが、働く場の選択肢が様々に拡大しつつあることを実感する時代となってきています。このように、働く場所の選択肢が都市中に広がっていく時代、もしあなたが会社の経営者で、自社のオフィスを構えるとしたらどう考えますか?あなたの会社のオフィスには、依然として社員の人数分の面積と席数が本当に必要でしょうか?「オフィスの必要面積=従業員数×一人当たり面積」という、社員はオフィスで働くことが前提でのオフィス構築の方程式は、今後どうなっていくのでしょうか?

■問3:外部床にワーカーが出ていくばかりでいいのか?

最後の問いです。社員がどんどん外で自由に働くことの弊害、つまりテレワークのデメリットはどのようなところにあるのでしょうか?

まず、すぐに懸念されそうだと思うことを挙げてみます。社員が分散して働き、必ず毎日自社社屋に出社することがなくなる状況で、「労務管理」はどうするのか。仕事の「評価」も難しくなる。「セキュリティ」や「防災」という概念はどうなるのか。

ただ、こういったことには遅かれ早かれソリューションが出てきそうな気がします。一方、もっと本質的な課題が、ワーカーが分散して働くことにはありそうです。

社屋に集まらない機会が増えるということは、社員同士での「打合せ以外」でのコミュニケーションの量が減少します。「打合せ以外」といったのは、「打合せ」に関しては場所、時間、参加者が前もって決まっていれば外部床でも実施可能だからです。

「打合せ以外」のコミュニケーションというのは、いわゆるインフォーマルコミュニケーション、つまりちょっとした雑談や、偶発的に出会った相手と会話すること、もしくは誰かのつぶやきから突発的に発生する議論等々のことを言います。このようなインフォーマルコミュニケーションは、社員が物理的に場を共にする機会の減少に伴って、当然少なくなっていきます。これが減少すると、なにが起こりうるのでしょうか。

一つは、組織の柔軟性が低下していくかもしれません。組織の柔軟性を保つ一つの要素として、「トランザクティブ・メモリー」、つまり、この組織の中で「誰が何を知っているのか」という情報が行きわたっていることが挙げられます。全員同じ知識や技術を持っていなくとも、これはだれが詳しいのか、これはだれが得意なのかさえ知っていれば問題解決の柔軟性とスピードは上がると経営組織学的に言われています。

このトランザクティブ・メモリーは、インフォーマルなコミュニケーションによって組織に浸透するとも言われており、その機会が減っていくと結果として組織の柔軟性も低下していくのではなかろうか、ということが言えます。

もう一つは、組織の創造性も低下していくかもしれません。イノベーションには近接行動が必要である、という話があります。創造的な活動は計画的に起こせるものではないため、アイディアを思いついたときにしかるべきメンバーでクイックにトライアルできる体制は重要です。居場所が分散し、インフォーマルに突発的に意見交換ができない状況が続くと、創造性も低下していくのかもしれません。

加えて、社屋に集まって対面でコミュニケーションすることが減少し、日時の決まったミーティングの時だけ顔を合わせる、という社員同士の希薄な関係性が蔓延していくと、会社に対する社員の帰属意識まで低下することにもつながりかねません。

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この、組織の柔軟性低下、組織の創造性低下、そして社員の帰属意識低下、という3つのリスクが、社員が外で自由に働くことの本質的なデメリットと言えるのではないでしょうか。

冒頭にご説明した通り、働く場所の選択肢が街中に拡大していくトレンドはしばらく続くでしょう。その選択肢を自由に選んで働きたい、というワーカーの志向も強まり、つまりオフィスからワーカーが外に出ていく「遠心力」はもはや止められない状況に来ています。

ただ、この遠心力をほったらかしにしておくと、前述したようなリスクが会社に対して発生していきます。そのため、たまには会社に戻ってきて、社員同士対面でコミュニケーションをとろうとワーカーに思わせる「求心力」についても併せて検討することが必要です。それによって組織の柔軟性・創造性と帰属意識を担保できるからです。

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この求心力については、せっかくオフィス外で働く選択肢が広がり、自分の働き方にあった働く場選びが進もうとする中で、「毎週〇曜日はオフィスに来て働きましょう」という「ルール」をもって発生させるのは本末転倒です。

例えばグーグルのように、おいしい食事が3食タダで食べられる、というような社食があると、「じゃあ今日のお昼はオフィスに戻って食べるか」と自然な求心力が発生するなど、従業員の生活がより豊かになる要素をオフィスにおいて提供する、という求心力の発生のさせ方のほうが適切ではないでしょうか。

そう考えていくと、床ポートフォリオの中での自社床(センターオフィス)として残る空間の設えは、従来のエントランス、応接エリア、会議エリア、執務エリア、リフレッシュエリア等々のゾーンで区分けされたものの縮小版には、もはやならないのかもしれません。



まとめ

■働く場所の選択肢が都市中に分散していくというトレンドを受け、これからのオフィス構築に向けて「床ポートフォリオ」という概念が定義できる

■床ポートフォリオという考え方の中で、変動床をうまく活用していくことで、従業員の働きやすさは最大化しながらも、オフィスコストを最小化する、ということが可能になる

■一方、ワーカーがオフィスの外に出ていきすぎると、組織の柔軟性や創造性、帰属意識等々組織の力が低下しうるリスクがある

■これからのオフィス構築においては、オフィスとワーカーのあいだの「遠心力」と「求心力」のバランスをうまく設計していく必要がある

■その際、自社床に構築される空間は従来型オフィスの縮小版とはならず、新たな考え方が必要となる


今後のオフィス拠点構築においては、下記3点をうまく考慮した全体設計が重要性を増してくると考えられます。
・どのワーカーが、どれだけ、どの床で、働くことになるのか?
・コストの最適化と働きやすさの最適化をどうやってバランスさせるか?
・センターオフィスを既存の概念にとらわれずにどう設えて、遠心力と求心力をバランスさせるか?


ワークスタイル研究所

2017年創設。ワークプレイスを基軸とした新しい働き方に関して、調査・実践研究・発信を通した研究活動を担っている。ワークスタイルコンサルティングや先端的な働き方や働く環境を紹介するオウンドメディア『WORKSIGHT』の発刊を行う。

作成/ワークスタイル研究所(なんか変化より転載)