組織の力

2020.07.29

今、日本企業に求められる「信頼でつながる雇用」①

企業と個人を共に成長させる「アライアンス」な雇用関係

2000年代以降、伝統的な大企業でも転職や非正規雇用が増えている。働き方へのニーズが多様化しているにも関わらず、終身雇用をベースとした雇用契約や人事制度はこの数十年大きく変わらず、ワーカーと企業の間で、雇用に対する考え方がズレているようにみえる。

このような状況に一つのヒントを示してくれるのが、2014年にアメリカで出版された『The Alliance』という書籍だ。本書では、信頼をベースとした「アライアンス」という雇用のあり方が紹介されている。

なぜ今、ワーカーと企業の間に信頼関係が必要なのか。本書の日本語版『ALLIANCE アライアンス 人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』の監訳者でありアライアンスの理念に共感する、エール株式会社取締役の篠田真貴子氏にお聞きする。

アライアンスとは企業と個人が結ぶ
信頼をベースにしたフラットな雇用関係

『The Alliance』の著者は、シリコンバレーのITベンチャーのリンクトインを創業したリード・ホフマン氏ほか2名だ。リンクトインは、世界最大級のビジネスSNSとして日本でも200万人の利用者を誇っている。

本書で紹介されているアライアンスという雇用関係について、篠田氏は「企業と個人が、信頼をベースにしたフラットな関係を結ぶこと」とまとめる。
「ポイントは『フラット』という要素です。日本もそうですが、実はアメリカでも、従業員とフラットな関係を結んでいる企業は決して多いとはいえません」

アライアンスとは、企業と個人が信頼をベースにしたフラットな関係を結ぶこと

アメリカの労働者は好条件を求めて転職を繰り返すイメージがあるが、実は1970年代初頭までは終身雇用が一般的だった。しかしオイルショック以降、経済波乱をきっかけに終身雇用が崩壊し、大量解雇が起こった。これをきっかけに労働市場が発達し、ワーカーはよりよい条件の企業があれば転職をためらわなくなった。

一方、企業にとっては、環境変化が速く将来の予測が困難な現代。事業の栄枯盛衰も激しいなかで企業が継続・発展していくのが難しくなっている。解雇規制がないこともあり、業績不振となれば企業は社員を簡単に辞めさせるが、本音では「優秀なワーカーには長く働いてほしい」のだ。このような「あいまい」な関係性が不信感を生み、企業とワーカーとの信頼関係を壊しているのだ。

「ホフマン氏は、『企業と個人が互いに疑心暗鬼ではどちらも成長し続けることができない』と感じ、アメリカで最も変化の激しいシリコンバレーで、優秀な人材を惹きつけ事業成功している企業にこそヒントがあると、彼自身が実践する『アライアンス』という雇用の概念を紹介することにしたのです」



互いの「ありたい姿」に向けて
協力し、共に成長するのがアライアンス

『The Alliance』の翻訳書『ALLIANCEアライアンス』には、「人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用」という副題がついている。ここでいうアライアンスという新しい雇用は、アメリカで多くの企業が個人と結ぶ雇用契約とどのように違うのか。

「アメリカの多くの企業では、ワーカーをパズルのピースのようなものに見立てていると私は感じます。というのは、雇用契約ではジョブの内容が明確に規定されており、個人の『このように成長したい』といった意思は考慮されません」

1_org_124_01.png
「そして契約で決められたジョブをワーカーが遂行できなければ、企業は報酬の減額や解雇を行います。ピースとして不適合だからです。当然、ワーカーは、仕事をするにあたってよりよい労働条件や報酬を要求します。極論すれば、企業とワーカーが互いに利用し合う関係なのです」

それに対してアライアンスでは、個人と企業の関係はあくまでも互いを信頼し合うフラットな関係だという。

「アライアンスという言葉は、『企業間の提携』という意味でよく用いられますが、ここでは企業とワーカーのパートナーシップといったニュアンスで使っています。アライアンスは、従来の企業とワーカーが結んできたような主従関係とはまったく違った、互いの成長のために互いの価値を提供し合う、信頼で結ばれた関係です」

アライアンスにおいては、ワーカーはキャリアに関する目標や人生における優先順位、価値観、ありたい姿などを明確にして会社に伝える。企業側も、社会におけるミッションや事業計画の目標をワーカーに伝え、フラットに話し合いながらすり合わせを行う。

そして、「ワーカーと企業が1つのプロジェクトを協力して達成する」というイメージで「コミットメント期間」という一定の期間を設け、雇用契約を結ぶ。契約内容に不足が見つかれば、期間中でもフレキシブルに見直しを行う。

アライアンスな雇用関係とは、ワーカーと企業が信頼関係の下に
「コミットメント期間」を定め、お互いが成長できるよう協力し合う


コミットメント期間中はワーカーが目標を達成できるよう企業はさまざまな支援をする。環境変化などによって目標達成が難しくなりそうな場合は、お互いの目標やありたい姿に立ち戻って目標を見直すこともある。そして、コミットメント期間が終わったら、企業とワーカーはこれまでの振り返りをしながら新しい目標を決め、契約内容を見直して次のコミットメント期間を設定する。

このようにコミットメント期間を積み重ねること、すなわち企業とワーカーが良い関係を続けようと努力することで信頼を蓄積していく。もちろん、契約終了も転職もあるが、こうして協力体制と信頼関係を築くことが長期的な関係構築につながり、企業とワーカーが共に成長できるのだ。



企業は機会や資金を提供し
ワーカーの成長もサポートする

アライアンスにおいて特徴的なのは、企業側もワーカーに向けて、本人が望む仕事の機会やスキルアップのための資金などを提供する点だ。

「例えばあるワーカーから、『中国でのビジネスを拡大させることに貢献したいけれど中国語ができないので、語学のレッスンを受けたい』という要望があったとします。アライアンスの関係では、企業側が『目標達成のために必要』と判断すれば、授業料を支払ったり、業務時間内にレッスンを受けられたりするようにします。ワーカーに対して企業側はどのような機会提供ができるか、という発想は、従来のアメリカにおける雇用契約にはほとんど見られませんでした」

1_org_124_03.jpg


篠田 真貴子(Shinoda Makiko)


慶應義塾大学経済学部卒。米ペンシルバニア大学ウォートン校でMBA、ジョンズ・ホプキンス大学で国際関係論修士を取得。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレ、ほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)を経て、2020年よりエール株式会社取締役。1on1の業務委託サービス「YeLL」を運営する同社で、「聴く体験」を軸にした社会変革をめざす。『ALLIANCE アライアンス――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』(リード・ホフマン、ベン・カスノーカ、クリス・イェ著 ダイヤモンド社)の監訳を手がける。

文/横堀夏代