組織の力

2020.06.30

未来のオフィスが担うべき5つの役割

ワークスタイル研究所では、国内外のさまざまな先進事例の収集・分析を通じ、オフィスというものの意味をあらためて問い直してきています。本レポートでは、その研究活動から得られた、今後のオフィスに求められる役割としての「5つの仮説」を市場の反応と共にご紹介します。

ワークスタイル研究所が考える、今後のオフィスに求められる5つの機能仮説


ワークスタイル研究所にてこれまで収集・分析してきた国内外の事例を俯瞰し、今後のオフィスに求められるであろう5つの機能を、ワーカー視点、経営視点、新たな視点という3区分にて仮説立てました。

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それぞれの仮説を、その兆しが感じられる事例と共に見ていきたいと思います。


仮説1:オフィスは「チームワークとインフォーマルなコミュニケーション」を受け止める場として残っていく

下記は、米シアトルにあるマイクロソフト社のクラウドサービス部門のオフィスです。「部署ごとにチームルームが与えられ、そのしつらえや運用はチームに一任される」という、部署ごとに最適化できるオフィスとなっています。

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それぞれの部署のはたらき方に応じて、ミーティングルームとして使ってもいいし、プロジェクトルームにしてもいい。「こんなテーブルやソファを入れたい」という希望は、設計段階でリクエストできるようです。

チームの個性とつながりをカジュアルに育むこのようなスペースは、自宅ではもちろん、街中のカフェやコワーキングなどでも実現は難しいですよね。「チームワークを育む場」は、オフィスならでは実現できる一つの役割として残っていきそうです。

また、こういった場があると、特に正式な打ち合わせがなくとも人が集い、インフォーマルなコミュニケーションが発生することも重要です。このインフォーマルなコミュニケーションが起こると、何が良いのでしょうか?これは「トランザクティブ・メモリーという考え方によって、組織の柔軟性が高まる」という効果があるようです。

どういうことかというと、組織がいつどんな問題にも柔軟に対応するためには、メンバー全員にすべての業務知識が共有されているのが理想です。ただそれは現実的でないとしたときに、「who knows what=誰が何を知っているのか」がメンバー全体に共有されているだけでも、組織の柔軟性は格段に上がるという考え方です。

この「who knows what」は、形式ばったミーティングではなく、インフォーマルなコミュニケーションを通じて組織に浸透していくといわれています。社内の様々な人たちを偶発的に出合わせ、組織の柔軟性を高めるコミュニケーションを促す場、これも先ほどのチームワークをはぐくむ場と同様、オフィスだからこそ担える役割として残りそうです。



仮説2:オフィスは「商品・サービスの試行錯誤と仮説検証」を受け止める場として残っていく

下記は、カナダのアウトドアメーカーMEC社のオフィス。自社に特化したプロトタイピング設備や、プロトタイプを使った検証スペース、そしてWEBサイトで発信するための商品画像や動画を制作できるスタジオが揃っています。

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素早く作って、試して、発信する、という機能がオフィス内にひとまとまりになり、製品開発を後押ししているようです。

また、下記は米フィンテック企業Square社のオフィス。社内に地元の小売店を誘致し、外に出ずとも自社が手掛ける決済系の新サービスや新製品をいち早く試せる環境を作っているとのこと。

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街中の実店舗に協力を仰ぐよりも、相当手軽に新サービス・新製品のテストができる環境を会社が用意することで、社員はサービス・製品の開発者でありながら、使い手と同じ体験を日々重ねているようです。

「マーケティングが難しくなってきている」と昨今言われます。生活者の価値観も購買動機も多様化の一途をたどる中、マーケティング・リサーチに基づいて立てた企画通りのターゲットに、企画通りの動機でお金を払ってもらえることがなかなか難しくなってきているのではないでしょうか。

そんな中注目されているのが、デザイン思考の一つの側面ともいえる「早め&小さめの失敗をプロトタイプで繰り返していくことで、リスクは最小化し、学びの機会は最大化する」というアプローチです。

こういった、自社製品に特化してプロトタイプ&テストが素早くできる環境、というのも、オフィスだからこそ担える役割の一つといえるのではないでしょうか。

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仮説3:オフィスは「迅速な意思決定」を受け止める場として残っていく

下記はカナダの通信大手TELUS社のオフィスです。役員フロアの在り方が見直されている、という面白い事例です。

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従来型の「役員が偉ぶるための役員フロア」ではなく、役員が対話する社外のVIPをもてなす場を社内にしっかり持とうという考え方のようです。

素敵なレストランでの会食ももちろん良いものです。が、社内にこうした場がしつらえられていることで、VIPをもてなしながらも、場合によっては社内の他役員や部下とクイックに連携し、重要な意思決定を迅速に行うことができそうです。

こういった、対社外との意思決定を迅速に行うための場も、オフィスだからこそ担える役割なのではないでしょうか。



仮説4:オフィスは「企業理念の浸透」を受け止める場として残っていく

下記は、フィンランドのゲーム会社Rovio Entertainment社のオフィスです。会社の企業理念を、オフィス空間で体現しているという事例です。

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ベンチャー企業では事業拡大のスピードが速く、それに伴って社員数も激しく増加していくケースも少なくありません。その際に問題となることの一つは、企業文化、企業理念の浸透です。昨年20人だった会社が今年は300人に、というような成長のスピード感の中で、入社してくる社員に毎回研修などで理念を落とし込むのは非現実的になってきています。

そこで、社員が長く身を置くオフィス空間を理念発信のメディアとしてとらえ、会社が大切に思っていること、大事にしていることを空間で表現する、というアプローチがとられているのがこの事例です。

このRovio社では「童心を忘れず、仕事は楽しく。また、人間も鳥も自然界で生きているので自然も大切にしたい。こうした発想を重視していることを、みんなで共有したい」という思いがオフィスデザインに反映されています。

転職や複業といった働き方がより一般化し、ワーカーの帰属意識がより流動的になっていく中、この「企業の文化や理念を伝え、社員の意識や活動に一貫性を生み出す空間メディア」という役割も、ベンチャー企業だけでなくすべての企業においてオフィスに新しく設けるべき役割かもしれません。



仮説5:オフィスは「社員のライフスタイルのサポート」を受け止める場として残っていく

下記は、韓国のオンラインゲームポータル会社NHN Entertainment社のオフィスです。若く多様な社員へ豊かなライフスタイルを後支えし、心身ともに健康な状態で思う存分クリエイティビティを発揮してもらえるような仕組みが満載です。

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自転車通勤をサポートする屋内駐輪場、社員全員が使えるフィットネスジム、育児と仕事を両立したい社員向けには授乳室と近隣に託児施設も完備。頻繁に海外出張する社員のために旅行代理店も構え、トイレで歯を磨くことに抵抗感のある若い世代向けに歯磨き専用スペースまで設けられている。

「ワークとライフの境目が曖昧になってきている」とよく言われます。近接して交じり合うワーク&ライフスタイルを受け止める場、ということも、企業が今後社員に対して用意してあげる意味のある役割になっていくのではないでしょうか。




5つの仮説に対する市場の反応

実は、この5つの仮説について社外講演したことがあります。講演を聞きに来てくださった皆さまに「どの仮説が印象的でしたか?」とアンケートをとらせていただいた結果もあわせてご紹介します。

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それぞれ興味を持っていただけたものの、最も票が集まったのは最後の「社員のライフスタイルをサポートする場」という役割でした。確かにいち生活者として考えると、「仕事がうまく進む」ということよりも「生活が豊かになる」ということのほうが自分にとってよりメリットを感じやすいことなのかもしれないですね。



まとめ

今までの事例、考察、仮説は以下のようにまとめられます。


■「働く」ということを、全てオフィスに閉じ込める状況は少しずつ不自然となってきている (cf. ワーカーの変化、テクノロジーの進化、オフィス外のはたらく場の拡大)

■ただし、全ての「働く」がオフィスから外に出て行く(=オフィスがなくなる)のが良いというわけではない

■街全体で俯瞰したとき、街中に分散させたほうが良い機能と、オフィスとして受け止め続けるべき機能(ex.5つの仮説)とがある

■このすみわけをきちんと考慮し、「街全体で働く」という大きな概念のもとで、オフィスを構築していく必要性が増大してきている


一方、逆説的ですが、今回ご紹介した5つの役割を備えた拠点というのは、もはや「オフィス」や「ワークスペース」という名前で語られるものではなくなるかもしれないとも思っています。〇〇スペースのような新しい名前で、企業が所有・管理する新たな拠点形態が生まれてくるのかもしれませんね。

あくまで一般論的な考察に留まっている部分もあるため、個別のご相談は大歓迎です。ぜひ私たちと一緒に、オフィスの未来のあり方を考え、実験していきましょう!

ワークスタイル研究所

2017年創設。ワークプレイスを基軸とした新しい働き方に関して、調査・実践研究・発信を通した研究活動を担っている。ワークスタイルコンサルティングや先端的な働き方や働く環境を紹介するオウンドメディア『WORKSIGHT』の発刊を行う。

作成/ワークスタイル研究所(なんか変化より転載)