組織の力

2019.12.13

ヤンマーの企業理念を具現化したオフィスで働き方改革を加速 vol.3

意識と働き方が変われば社員自らが改革を推進し始める

創業100周年を機に大きな変革を行っているヤンマー株式会社。第1回では、コンセプトモデルともいうべき新社屋の誕生によって、ハード面から社員の意識を大きく変えたことについて言及した。第2回では、ABWを軸とした「働き方改革」によって労働時間短縮や闊達なコミュニケーションにつながった事例を紹介した。今回は、グローバル化を進めるうえで欠かせないヤンマーのダイバーシティー対応について、社員食堂『Premium Marché OSAKA』担当の総務部の田中明日香氏をはじめ、同社総務部の方々に話を聞いた。

農業や漁業に深く関わってきたヤンマーだからこそ
社員食堂では生産者こだわりの安心・安全の食を提供

ヤンマーの新社屋には、『A SUSTAINABLE FUTURE』という企業理念に通じる自社の最新テクノロジーが盛り込まれている。そして、もう1つヤンマーに欠かせないテーマが「食」だ。生産者とともに、農業や漁業に深く関わってきたヤンマーは、食料分野においても豊かな未来に貢献するというミッションがある。その想いを体現しているのが、最上階にある社員食堂『Premium Marché OSAKA』だ。
 
『Premium Marché OSAKA』には、第一次産業との関わりが深いヤンマーならではの生産者の顔の見える食材を使った美味しい定食が日替わりで並ぶ。社員食堂担当の総務部・田中明日香氏は「食にこだわることは、農業や漁業に深く関わってきたヤンマーの使命でもあり、また私たち社員の健康を維持するためにも重要なことだと思っています。そして、ヤンマーだからこそ、栽培方法や生産物にこだわりを持つ生産者と、安心・安全でおいしい食品を求める消費者をつないでいきたいと考え、2017年からは週末に『Premium Marché OSAKA』を一般開放しています。今では、社員だけではなく多くの一般のお客様に利用していただいています」と話す。
 
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田中明日香氏

 

 
 

ボトムアップで始まった
ダイバーシティー対応の社員食堂メニュー

社員食堂『Premium Marché OSAKA』において、中でも注目したいのは2016年から始まったムスリム対応食だ。ムスリム食とは、イスラム教徒の戒律に沿った食事のことをいう。田中氏は、「ムスリムは豚肉やアルコールを口にしてはいけない。調味料や油にアルコールや豚由来の物が使われるのもNG。さらに、禁止されている豚肉などが触れた皿や調理器具も一切使えない」と説明する。厳格なルールゆえ、たやすく対応できないところだが、ヤンマーでは、2016年から1日15食程度のヤンマーオリジナル「ムスリムフレンドリー食」を提供。ムスリムは食後に礼拝する習慣が多いことから、同時に食堂フロアに祈祷室の設置も行った。
 
グローバル化が進んでいるとはいえ、本社ビルで働くムスリム社員はわずか5人。数少ない社員のためにムスリム食を導入するにはハードルが高い。しかし、そのきっかけをつくったのは、ムスリム社員の声だった。ダイバーシティー担当の部署で「社員食堂でムスリム対応ができないか」という相談を受けたことから、ボトムアップという形でムスリム食に着手することになったのだ。
 
 
 

食材だけでなく、厨房器具、食器、保管場所など、
厳格な基準があるムスリム食に配慮をする

田中氏はこう話す。「ムスリム対応するにあたり、ハラール認証レストランを視察したり、外部講習を受講しながら、弊社独自の基準をつくっていきました。厨房器具も食器もカトラリーもすべてムスリム食専用の物を用意し、保管場所、受け取り、下膳、調理時間もほかの食事とは別にしています。ムスリム食専用の食器は食洗器を使用せず、ほかの食器と分けて手洗いにしています。ただ、本来はムスリム食を調理する同じ場所でハラール(イスラム法で許可)されていないものを提供してはいけないという厳しいルールがあるのですが、社員食堂でそこまで実現するのは厳しく、ヤンマーのムスリム対応食はハラールの認証は取っていません。ムスリムに一定の配慮を行った『ムスリムフレンドリー』と名づけて提供しています」
 
ムスリムフレンドリーのための独自基準

①豚肉や豚肉由来の製品、アルコールは使用しない

②食用肉はハラール認証商品とする
③調味料は認証品でないものは原材料を確認し、使用許可されていない材料が含まれている場合は使用しない
④調理器具・食器はハラールとそうでないものを分けて使用、洗浄、保管を行う
 
「同じムスリムでも戒律への順守度合はそれぞれ。社員食堂で可能な限りの配慮を行い、基準を明示することで、『この基準で問題なければ食べてください』というスタンスで提供していますが、弊社のムスリム社員には喜んで食べていただいています」と田中氏は話す。
 
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ムスリムフレンドリー食のカレー

 

 
 

ムスリム対応食を通じ、相互の異文化理解へ
アジア圏における採用活動でも現地で高評価

ムスリム対応食は日替わりで1メニューのみだが、年間を通して60種類以上のメニューを用意。社員食堂のため、「ムスリムフレンドリー=ムスリム社員専用」ではなく、エスニック料理の1つとして社員の誰もが選べるメニューとなっている。「ガパオライスやカレーは一般社員にも人気なので、売り切れてしまってムスリム社員が食べられないという日もあるくらいです(笑)」と田中氏。
 
厳しい戒律があるため、これまでムスリム社員は社員食堂でランチをすることは難しかった。それが、今では一般社員と肩を並べてランチができる。仕事だけでなく、ランチタイムに寛ぎながらコミュニケーションをとることができるようになったのは、ダイバーシティーという観点からも非常に大きな進歩といえる。
 
一般社員もまたムスリム対応食をおいしく食べることで、自然に異文化への理解が深まっている。
「ヤンマーはインドネシアにも工場があります。インドネシアはムスリムが大半。アジア圏の採用活動においてムスリム食対応をしていることで現地でも親近感を持ってもらい、ムスリム圏の新卒・キャリア採用応募者の認知度も上がっています。さまざまな相乗効果が出ています」(田中氏)
 
 
 

老舗メーカーから
ダイバーシティーに取り組むグローバル企業へ

これからの100年を見すえた事業の主軸として、グローバル化を図っているヤンマーにとって、ダイバーシティーへの対応は必須であるが、ボトムアップで実現した社員食堂での『ムスリムフレンドリー』の提供は、2014年より取り組んできた、会社の理念浸透と、ABWによって培われた自ら考え行動する姿勢が生み出した成果といえる。部門の壁を取り払ったことで生まれた闊達なコミュニケーションにより、現場の声がしっかり吸い上げられた結果だ。
 
実際、総務部課長の佐野文彦氏も、100周年を機にヤンマーが大きく変革しているのを感じているという。「20数年前に入社したときは国内の老舗機械メーカーという色合いが濃かった。ここ数年の変革はそれまでとは比較にならないほど大きく、100周年を機にグローバル化路線を打ち出して以降は、海外企業の買収も積極的に進め、新しい仲間が次々と増え、ダイバーシティーに対しても積極的です。今は部門の垣根を取り払ったミーティングや外国人社員も含めた会議の場も増え、社員の意識の高まりや社内の風通しの良さを感じています。以前のヤンマーとはまったく違う、会社は大きく変わっています」
 
売上の半数以上を海外市場が占めるようになったグローバル化戦略の一環としても、ムスリム対応食は注目に値する。また、国籍・性別・年齢に関わらず世界に通用するプロフェッショナルな人物の確保を目的とするダイバーシティー施策に積極的に取り組んでいることを社として象徴する事例でもある。 
 
これまで見てきたように、2012年の創業100年を機にヤンマーは変革を進めている。会社の理念を具現化したコンセプトモデルとなる新本社を建てて社員の意識改革に着手し、働き方改革としてはABWを軸とする働き方改革を導入、そして、このムスリム対応食を通したダイバーシティー対応。次の100年を見すえた積極的な取り組みで社員の意識も大きく変わってきている。老舗メーカーからグローバルメーカーへ。その改革は他企業にとっても見習うべき点が数多くありそうだ。
 
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左より:山中秀峰氏、佐野文彦氏、田中明日香氏、野田就平氏

ヤンマー株式会社

1912年創業。農家に生まれ、過酷な労働を目の当たりにしてきた創業者・山岡孫吉が「人々の労働の負担を機械の力で軽減したい」という強い想いから、1933年、世界初のディーゼルエンジンの小型・実用化に成功。現在は農業機械のみならず、建設機械、エネルギーシステム、船舶など幅広い分野の総合産業機械メーカーとして発展を遂げる。2012年の創業100周年を迎え、次の100年に向けて「A SUSTAINABLE FUTURE」をブランドステートメントに掲げ、人と自然が共生する持続可能な社会の実現を目指している。

文/若尾礼子 撮影/スタジオエレニッシュ 岸 隆子