組織の力

2019.05.09

今後の日本に求められる破壊的イノベーション〈前編〉

大企業こそ「イノベーションのジレンマ」に危機意識を

関西学院大学専門職大学院経営戦略科の玉田俊平太教授は、「イノベーションとは技術の革新にとどまらず、多くの顧客に広く普及することを含む概念です」と指摘する。そして、「日本企業はこれまでに、世界で数々のイノベーションを起こしてきました。しかし時代の変化が激しい今、これまでとは違うタイプのイノベーションが求められています」と強調する。今後の日本企業に必要とされるイノベーションについてお聞きした。

「イノベーション」は
広く普及してはじめて完成する

「イノベーション」という言葉は近年のビジネスシーンでよく使われるが、なんとなく「技術が新しくなること(技術革新)」と捉えている人も多いのではないのだろうか。

イノベーションは、20世紀前半に活躍したオーストリア生まれの理論経済学者のヨーゼフ・A・シュンペーターが打ち出した概念だ。この言葉には、生産技術の革新のほかに、新商品の導入や新市場・新資源の開拓、新しい経営組織の実施など、幅広い内容が含まれている。
近年の経済学では、『新しいアイデア』と、『商業的な成功』という2つの要素を備えた変化のことをイノベーションと呼ぶようになっている。

では玉田教授は、イノベーションをどのように捉えているのだろうか。
「私が学生に説明するときは、『多くの顧客が喜ぶ製品やサービス、もしくはそれらを顧客に提供するためのプロセスを新しくすること』と話しています。アイデアが単に新しいだけでは「発明(インベンション)」止まりで、それが多くの顧客に受けいれられ、商業的に成功して初めて「イノベーション」と呼びうるからです」



大企業が得意とする
「持続的イノベーション」

イノベーションはいろいろな切り口によって分類が可能だと玉田教授は話す。なかでも企業の経営戦略を考える上で有効なのが、「持続的なイノベーション」と「破壊的なイノベーション」という対をなす概念だ。

この概念を唱えたのは、アメリカの経営学者であるクレイトン・クリステンセン氏だ。玉田教授はハーバード大学のビジネススクールで受けたクリステンセン氏の解説をもとに、持続的なイノベーションと破壊的なイノベーションについて次のように説明する。

「持続的なイノベーションとは、今ある製品やサービスを改良することで『既存顧客の満足向上をねらうイノベーション』です。これに対して破壊的なイノベーションとは『既存の顧客とは異なる顧客に向けて、シンプルで使い勝手がよく、安上がりな製品やサービスを提供するイノベーション』です。
破壊的イノベーションの製品やサービスは、最初は性能が低く、既存製品の顧客は見向きもしない場合が多いのですが、それで充分と感じる新たな顧客に使われているうちに改良され、性能は向上していきます。つまり、破壊的なイノベーションとして世に出たものが成長を続けていけば、持続的なイノベーションに移行していくのです」

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そして玉田教授は、二つのイノベーションについて、実例を挙げて解説する。
「持続的なイノベーションの典型例といえるのが、LED電球です。LED電球が発売されたとき、これまで電球を使っていた人は、値段は高いけれども耐用年数が長いことや電気料金が安いことなどに魅力を感じ、LED電球に乗り換えました。今市場にある製品を使っている顧客の満足を向上させるわけですから、販売数量や利益が予測しやすく、企業としては資金や人材を投入しやすいため、ますます製品やサービスの品質は上がっていきます」

大企業は、持続的なイノベーションを得意とすると玉田教授は指摘する。
「大企業には資金や人材が潤沢にあり、経営も会議体による合理的な意志決定による場合が多いです。ですから、自社が持つ既存の製品やサービスの改良によって顧客満足を向上させる持続的イノベーションへの投資が正当化されやすいためです。逆にベンチャー企業が持続的イノベーションの市場に参入しようとすると、大企業と同じ土俵で正面からの競争をせねばならなくなり、非常に苦戦するケースが多いです」

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「無消費」層に働きかける
「破壊的イノベーション」

一方、破壊的なイノベーションの実例としてはソニーの携帯式音楽プレイヤー「ウォークマン」が挙げられるという。

「『ウォークマン』が世界的にヒットしたのは、家のステレオで音楽を聴く既存の顧客ではなく、何も聞くものがない歩いている人をターゲットとしたからです。家で音楽を聴いている顧客にウォークマンを見せても、『テープに録音した音楽は音が悪い』と見向きもしなかったでしょう。しかし、移動中に音楽を聴こうにも、重たいステレオセットを持って歩くわけにはいかない音楽"無消費"者たちは、自分の好きな音楽を持ち運んで移動中でもどこででも聴くことができるウォークマンに大いなる魅力を感じ、製品を購入しました」

破壊的なイノベーションの典型例であるウォークマンだが、その後は持続的なイノベーションを体現する製品に移行した、と玉田教授は解説する。
「初めは音質がステレオに比べて大きく劣っていたウォークマンですが、多くの顧客を得て製品の改良に資源が投入された結果、性能が飛躍的に向上し、CD何千枚分もの音楽を、劣化なく持ち運べるまでになりました」



玉田 俊平太(Tamada Schumpeter)

関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科副研究科長・教授。専門は技術経営、科学技術政策。東京大学で学んだのち、ハーバード大学に留学し、ビジネススクールにてマイケル・ポーター氏やクレイトン・クリステンセン氏に競争力と戦略の関係やイノベーションのマネジメントを学ぶ。経済産業省、経済産業研究所フェローを経て現職。著書に『日本のイノベーションのジレンマ』(翔泳社)など。

文/横堀夏代 撮影/出合浩介