レポート

2019.05.20

世界の成長企業から学ぶ! イノベーションオフィスのヒント vol.1

第7回働き方大学
「部門を超えて交わる」編 セミナーレポート

労働時間削減など、「負の要素」を減らすことに焦点が当たることの多い日本の働き方改革。ところが世界では、イノベーションの創出やパフォーマンスの向上のために働き方を上手に変えた先進事例が、近年増えてきている。そこで今回は、世界の成長企業の実践・実例を通して、イノベーションにつながる働き方やオフィスのポイントを紹介したセミナー「世界の成長企業から学ぶ! イノベーションオフィスのヒント」の様子をレポートする。

vol.1のテーマは、社内知の衝突のための「部門を超えた交わり方」について。講師は、国内外の働き方のトレンドや働く環境の研究、リサーチに携わるなかでさまざまな成功事例に触れてきた、コクヨ株式会社 ワークスタイル研究所の研究員・田中康寛氏。


オフィスを活用した
「異なる知の衝突」とは

「イノベーション」は、世の中にないものをゼロから発明することと思われがちですが、「既存の知」と「既存の知」を今までにない新しい組み合わせで結びつけることだと、経済学者のヨーゼフ・シュンペーターは定義しています。そこで、今回は「異なる知の衝突」を起こしやすくするオフィス活用についてお話します。

「異なる知の衝突」を生みやすくする視点は大きく3つに分けられます。

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A)社内知の衝突(社内知×社内知)
1. 部門を超えて交わる
社内の既存メンバーが部門を超えて交わることで異なる知を衝突させようという視点。(※vol.1で紹介)

2.人財の多様性を高める
既存社員とは異なる知識や能力をもった人財を採用して、社内知の多様性を高めることで異なる知が衝突しやすくなるような状況を生み出そうという視点。(※vol.2で紹介)

B)社外知の衝突(社内知×社外知
3.異文化とつながる
組織の枠を超えて、文化も考え方も異なる社外の組織や人財と知を衝突させようという視点。もっている知の違いが最も表れるのはこの視点でしょう。(※vol.3で紹介)

社内外の枠を超えたコミュニケーションを目指す企業も増えていますが、出会えてもそれ以降は挨拶だけで終わってしまったり、関係性がなくなってしまったりすることはありませんか? 出会っただけで終わりではなく、その後の「関係性を深める」こともポイントです。

そこで、この3つの視点に対して、「出会い方」と「深め方」の両面からポイントを整理したいと思います。

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社内知の衝突_部門を超えて交わる

この視点でお客様からよく聞く課題に、「オフィスにリフレッシュルームをつくったり、社内SNSを始めてみたりしたが、コミュニケーションが活性化しない」といったことがあります。

これに対し、オフィスを活用した解決視点として、以下2つのポイントが挙げられます。

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[出会い方]同僚の活動を垣間見られる
同僚、特に他部署の同僚がどんな活動やどんな考え方をしているのかという情報を日常的に仕入れることで、まずは声をかけるきっかけをつくっていくという観点です。

[深め方]共通体験をつくる
他者の活動や考え方を知っているだけでは、もっている知をぶつけ合うことはできません。同じ時間を過ごす、つまり共通の体験を通して、人となりや思想を深く理解していくことが大切です。



[出会い方]同僚の活動を垣間見られる

同僚の活動を垣間見ることの重要性を説明する考え方の1つに、「トランザクティブメモリー」があります。トランザクティブメモリーとは、組織内で「誰が何を知っているか」という情報を共有できている状態を指しますが、組織内で同じ情報を知っている状態よりもトランザクティブメモリーが高まる方が組織全体のパフォーマンスは高まるともいわれています。トランザクティブメモリーを高めやすくする働き方として、ここでは「Activity Based Working (ABW)」を挙げたいと思います。

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ABWは、個々人が働く場所と時間を自由に選択する働き方を意味しますが、この表のように既存の働き方と比べて場所と時間の自由度が高いことが特徴です。組織内で知が交わることに重きをおく場合、基本はオフィス内で働きながらも、オフィス空間を自由に選べる「狭義のABW」が相性がよいでしょう。

この狭義のABWを採用している企業の事例を通して、同僚の活動を垣間見るためのポイントを2つご紹介します。

■回遊性:空間の多様性が移動の動機づけになる
ABWがワーカーに与える影響の1つは、自席に縛られないためオフィス内を動き回る頻度が上がること。つまり回遊性が高まることです。回遊性を高めて、普段は一緒に仕事をしていない同僚との出会いを増やすことがポイントの1つ目となります。

とはいえ、ワーカー自身にメリットがなければ誰も場所を移動しません。ワーカーが自発的に動きたくなるように空間を設計する必要があります。そこで重要なことは、空間で得られる体験に多様性をもたせるということです。

フリーアドレスを導入しても次第に座る席が固定化されていくという課題を聞きますが、その原因の1つは、どこに座っても得られる体験が同じだからなんですよね。どこに座っても違いがないのであれば人は移動しません。結果、習慣的に同じ席にしか座らなくなり、近くにいる同僚もいつも固定的になってしまいます。よって、場所を変えれば異なるよい体験を得られるとワーカーが感じられるオフィス設計が重要になります。空間体験の多様性がワーカーの自発的な移動を誘発し、その結果「他部門の人との出会い」もしくは、「同僚の活動との出会い」を増やすことができると考えられます。

■情報の透明性:オンラインでチーム活動を徹底的に公開
また、オンライン上で同僚がどのような活動をしているのか、どんなスキルをもっているのか知ることも有効です。

サンフランシスコにあるフィンテック(ファイナンス+テクノロジー)企業「Square(スクエア)」は、事業の成長にともない、毎月のように新しい人が入社します。そこで、新入社員にも会社で現在行われている活動、これまで行われてきた活動をイントラネット上で公開しています。例えば、3人以上で行った会議の議事録を必ず上げるルールがあり、誰がどんな活動をしているか、どんな経緯で今があるのかといった情報がオンライン上でオープンにされています。

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[深め方]共通体験をつくる

「共通体験をつくる」ポイントを3つ紹介します。

■感謝の見える化:「助け合う文化」と「新たな対価」をつくる
ラスベガスに拠点を置く、靴などの通販小売企業「Zappos(ザッポス)」では、同僚に感謝を伝えたいとき、「ザラー」と呼ばれる社内通貨を贈りあっているそうです。この制度のメリットは、助けをお願いするハードルが下がり、助け合う文化をつくりやすい点です。人に迷惑をかけたくないと考える日本人は少なくないと思いますが、社内通貨をきっかけに相談しやすい環境をつくれるのは日本人と相性がいいと思います。また、感謝される側も、した側も「幸福度」が上がるという研究結果がありますが、社内通貨を通して感謝のシーンが増えることは組織全体の幸福度を高めるのにも有効かもしれません。

このように感謝を見える化することは、助け合う文化を啓発し、互いの関係性を深めると考えられます。

■食:社員を惹きつけ、偶発的な会話を生む
トランザクティブメモリーを高める代表格であったタバコ部屋に代わるオフィス機能として注目されているのが、「食」です。ベルリンのゲーム会社「Wooga(ウーガ)」では、部門を超えた会話を生むため、オフィス内にキッチンやカフェをつくっています。食事をつくるためにある程度滞在し、共通の目的で訪れたからこそ、これから何をつくるのかなどの会話が生まれやすいといえます。また、ニューヨークを拠点にクラウドファンディングを運営している「Kickstarter(キックスターター)」では、週に1度、必ずランチに集まって社員が顔を合わせることを決まりとしています。仕事だけでなく、美味しい食事が食べられるからオフィスに来るというポジティブな動機づけをして、関係性を深めていくという良い例です。

■ノイズ:仕事以外の活動が関係を強固にする
近年、働くことと直接的には関係ない要素をオフィスの中に取りいれていくといったトレンドが見てとれます。

例えば、「Cisco(シスコ)」のようにオフィスにゲームルームを設けて「アソブ」環境をつくったり、Kickstarterのように植栽を育てられるガーデン(庭園)を設けて「ツクル」環境をつくったりといった事例があります。このように一見仕事には関係のないような環境をオフィスに取りいれ、仕事以外の活動を通して部門を超えたメンバー同士が仲良くなる仕掛けもあります。

MIT(マサチューセッツ工科大学)では、タスクの途中で本を読んだりスマホをいじったりすることが、逆に生産性を高めるという研究結果を出しています。これまで仕事に関係ないものとして禁止されてきた活動をある程度許容することで、仕事のパフォーマンスを高められる可能性も示唆されますね。

次回のvol.2では、社内知の衝突における「人材の多様性の高め方」についてご紹介します。

田中 康寛(Tanaka Yasuhiro)

コクヨ株式会社 ワークスタイル研究所 / ワークスタイルコンサルタント
2013年コクヨ株式会社入社。オフィス家具の商品企画・マーケティングを担当した後、2016年より働き方の研究・コンサルティング活動に従事。国内外のワークスタイルリサーチ、働く人の価値観調査などに携わっている。

文/株式会社ゼロ・プランニング 写真/新見和美