レポート

2019.04.22

社員の働きやすさとオフィスコストの最適化を叶える「床ポートフォリオ」の考え方とは?

第6回働き方大学『「床ポートフォリオ」の考え方とは?』セミナーレポート

近年、人材の力を最大限活用するため、また、働き方改革にと、柔軟な働き方を受け止め、ワークプレイスの多様性を重要視している企業が増えている。

自社オフィス、自宅、シェアオフィス、カフェ、コワーキングスペースといった様々な「働く場=床」を、企業がうまく組み合わせて投資・運用し、社員の働きやすさとオフィスコストの最適化を両立できる施策とは。今回は、「社員の働きやすさとオフィスコストの最適化を叶える『床ポートフォリオ』の考え方とは?」と題したセミナーをレポート。講師は、コクヨ株式会社ワークスタイル研究所の所長・若原強氏。ワークスタイル研究所でのシミュレーション結果と共に紹介する。

床ポートフォリオという概念の誕生

育児や介護をしながら自宅で、営業の方なら外回りの合間にカフェで、など、昨今パソコンと電源とWi-Fiがあれば、オフィスでなくともある程度の仕事ができる時代になりました。最近は大企業がコワーキングスペースを法人契約して利用するケースも増えていますよね。

1_org_066_01.png

コクヨの「ワーカーの嗜好性調査」からも、場所や時間に縛られず自由に働きたいという意識が強くなっている傾向が見られます。

1_org_066_02.png

※Y世代:1980〜95年生まれ、Z世代:1995年以降生まれ


1_org_066_03.png
従来では「オフィスの面積=従業員数×一人当たり床面積」が基本でしたが、床ポートフォリオの仮説では、「テレワークを前提とすると、従業員数分のオフィス(自社床)は必要ない」と考えます。例えば、営業部でフリーアドレスを導入している企業は、後者の考え方に馴染みがあるでしょう。また、プロジェクトベースの仕事が多い業態や在宅勤務者も考慮すると、従業員のテレワークを前提としたときに自社床をどれだけ減らせるのかという考えが生まれますよね。

これは単なるテレワークの話ではなく、「テレワークで得られる働き方の自由度」と「自社床を減らすことで得られるオフィスコストの最適化」を両立することが、床ポートフォリオの考え方のポイントです。

1_org_066_04.png

1_org_066_05.png
コクヨを例にとると、●の5つが都内の主な自社拠点です。

1. 品川駅前に自社ビル
2. 品川シーズンテラスにテナント入居
3. 渋谷に「MOV」(コワーキングスペース)
4. 霞が関ビルにテナント入居
5. 千駄ヶ谷にThing of Things(※https://think-of-things.com/ へリンク)(ショップ)、その上のオフィス

その周辺の◆や□の場所にも社員が自由に使えるコワーキングスペースを法人契約しており、コクヨ自身も、これから自社床を減らしてコスト最適化を図る過渡期にきているとも言えます。



ニーズとハードルの膠着状態

この外部床を活用した働く場の再構築、ということに関しては、現在「ニーズ」と「ハードル」が膠着している状態だと感じています。外部床を使いたいという企業のニーズがある一方でハードルもあり、なかなか一歩を踏み出せないという状況です。

1_org_066_06.png
大多数の方が一番気にされるのは、セキュリティーやマネジメントのことでしょう。ですから、現時点では社内でしか働けない人を無理やり外に出すことを前提として、セキュリティーやマネジメントのことを議論するよりも、まずは外で働いても大きな問題のない人だけでトライアルする方が円滑かと思います。

トライアルする上で、考慮すべきポイントを3つご紹介します。

1. 誰をどんな目的で外部床に出すのか
2. コストと働きやすさはどれくらい最適化されるのか
3. 外部床を借りると、残された自社床はどのような場になるべきなのか

1_org_066_07.png



誰をどんな目的で外部床に出すのか

国土交通省による実態調査結果では、テレワーク人口の多い業種は情報通信が33.8%と約3割。続いて学術研究・専門・技術サービス業などが多く、これらの業界の方はトライアルしやすいと思います。また、職種別としては、管理職、営業、研究職などです。コクヨでもこの職種からスタートし、特に営業が顧客訪問との合間に1~2時間ほど外部床を利用することが多いようです。

1_org_066_08.png
社員全員を無理に外部床で働かせる必要はまったくないので、まずは外出頻度が高い社員を対象にサテライト目的で活用していき、社内に馴染んできたら、セキュリティー面や労務管理面のソリューションにもチャレンジしつつ、毎日自社オフィスへの出社が必須ではない社員に対して広めていく、というステップを踏むとよいかもしれません。ゆくゆくは外部床をプロジェクトルームやショールームなど社外との接点の場として、新たな目的や用途での活用も十分見据えられるのではないかと思います。

1_org_066_09.png



コストと働きやすさは
どれくらい最適化されるのか

まずは「コスト」に関してお話しします。同じ人数分の床を用意するのであれば、賃料だけでなく様々な初期コスト&ランニングコストまで含めると、外部床のほうが安くつくケースは少なくありません。さらに、将来的な人員変動を見据えた時に、人員が安定するまでは増員分を都度、外部床で賄っていけばさらにコスト削減を実現できます。この考え方では、自社床のみの運用と比較して、ランニングコストが年間2割程度削減可能というシミュレーションパターンもあります。

*詳細については、弊社営業/コンサルタントまでお問い合わせください。

1_org_066_10.png
次に、「働きやすさ」に関しては、業務時間内の「移動」と出退勤時の「移動」において、外部床を活用することでどれだけ可処分時間が生まれるか、つまり移動においてどれだけ時間に余裕が生まれるのか、ということを見てみます。業務時間内の「移動」において生まれうる可処分時間として、典型的なケースがこちらです。

1_org_066_11.png
自宅は川越、会社は渋谷というワーカーが、外部床を使えず外出の都度本社に戻るパターンと、外部床を活用して移動の合間に働ける場合を比較すると、後者の方が2〜3時間程度可処分時間が生まれています。

次に以下は、出退勤時の「移動」において生まれうる可処分時間の典型例です。

1_org_066_12.png
例えば本社が大手町、丸の内、有楽町周辺にある企業で、従業員の居住地をざっくりと東西南北に4つに分け、自宅から本社に通勤している場合と、◆にあるコワーキングスペース拠点に出社していい場合を比較します。交通費は最大で7割ほど削減できて、1日当たりの可処分時間は社員1人あたり1時間程度増えます。

こちらはこれまで見てきたオフィスコストや可処分時間をすべて考慮した理想的なケースで、仮想企業に床ポートフォリオを適用したシミュレーション結果です。

1_org_066_13.png
もともと社員全員分(1,000人分)の床を有していた会社が、外回りの多い営業部隊は会社が法人契約した外部床を活用し、在宅勤務対象者は自宅を活用するようなテレワーク状況を踏まえてみると、実は自社床は768人分で問題ないことがわかります。自社床を768人分に縮小すると、外部床の法人契約費用を加えても、全体のランニングコストは年間約8%削減できる結果となっています。ここで、単なるコスト削減ではなく、可処分時間(≒社員の働きやすさ)が増えている上でコストも削減できていることがポイントです。



残された自社床は
どういった場になるべきか


1_org_066_14.png
では、床ポートフォリオを考えていくにあたり、縮小して残される自社床はいったいどういう場になるべきなのでしょうか。今あるオフィスの単なる縮小版で良いのでしょうか。これを考える一つのヒントとして、外部床で分散して働き、社員同士の対面コミュニケーションが減少することでの弊害をどうとらえ、どう対策するのか、という観点があります。特に「打ち合わせ以外」の「インフォーマルコミュニケーション(雑談)」の減少による弊害と対策、ということが自社床を考える上で重要なポイントです。以下のようにまとめてみました。

1_org_066_15.png
「トランザクティブメモリー」とは、例えば「組織の中で、"これ"が得意なのは誰か」とか、「このプロジェクトに関わっているのは誰か」といった、「who knows what=誰が何を知っているのか」という情報を指します。この情報が組織内に浸透すると組織の「柔軟性」が上がると言われていますが、これは主に打ち合わせ以外の偶発的な雑談によって組織に浸透するものとも言われており、働く場の分散化によって、その機会が少なくなることが懸念されています。

また、近接行動が減ることで、組織の「創造性」が減るということも懸念点です。いわゆる「同じ釜の飯を食う」という状態は、創造性を生みやすいと言われています。ちょっとアイデアを思いついた時に、すぐに他者に意見を聞けたり、本当に実現できるのか詳しい人と一緒に試してみたりするためには、物理的に人が近くにいた方が実行しやすいからです。例えば、米国の「Yahoo!」や「IBM」では、数年前、在宅勤務を廃止しました。彼らは近接行動の大切さをよくわかっていて、在宅勤務を推進すると組織の創造性がどんどん失われていくかもしれないというリスクを改めて再認識したからとも言われています。

そして、エンゲージメント面では、社屋に触れる機会が減ることで起こる影響が懸念されます。普段はあまり意識していないと思いますが、毎日会社の社屋を見て、エントランスを通って、自席に行くというプロセスの中で無意識に「会社」というものを認識していることが意外とたくさんあります。そういった「接点」に触れる時間が減ることで帰属意識やエンゲージメントが薄れていくのではと言われているのです。

まとめると、残される自社床への大きな要件として、ワーカーへの「遠心力」と「求心力」のバランスが非常に大事と言えます。遠心力とは、ワーカーが外に出て行く現象で、働く場が都市中にどんどん広がり、自社に出社するより近くて便利となれば、ワーカーが外に出て行くことは止められないと思います。遠心力によって得られるのは、コストと働きやすさの最適化ですが、一方で、上記で考察したような弊害を最小限に抑えるための求心力も必要でしょう。求心力によってふだんは外で働いているワーカーを時々は自社床に呼び戻し、組織の柔軟性や創造性、帰属意識を担保してバランスをとることが、自社の働く拠点を分散型で構築していく上で重要です。

1_org_066_16.png
以上を踏まえると、「残される自社床」は、おそらく今のオフィスの単なる縮小版では通用しないでしょう。では、具体的にはどうやって求心力をつけていくのでしょうか? 新たな自社床の兆しを感じ取れる事例を分析すると、以下のような仮説が整理されます。

1_org_066_17.png
これらを分類して見てみると、「業務上必要だからしょうがなく会社に行く」、もしくは「自分の生活の一部を会社がサポートしてくれるから行く」という2つの観点で整理できます。

左側の「業務上必要」という点は、将来的にテクノロジーが発達すれば、いずれオフィスでなくても解決することが少なくないでしょう。一方、「生活の一部を会社がサポートしてくれる」という点は、今後センターオフィスを考えていく上で、大事なポイントになると思います。究極的にいうと、外で働き、社内でライフサポートを受けられるといった逆転現象が起こりうるのです。例えば、最近の大学では「反転授業」といって、講義は自宅でオンライン受講し、実習や議論をする場として教室を利用するケースが増加、それに伴って大学の建物から大講堂がなくなってきている、といった動きも出てきています。働く場に関しても同じように、働き方とそれを受けとめる場にそれぞれ逆転現象が起きていくのかもしれません。

1_org_066_18.png

若原 強(Wakahara Tsuyoshi)

コクヨ株式会社 ワークスタイル研究所 所長。SIer、経営コンサルファーム、ブランドコンサルファームを経て2011年コクヨに入社、2016年より現職。コクヨとの複業で個人事業も立ち上げ、パラレルワーカー(複業家)として活動中。コクヨでは働き方・暮らし方の研究に従事、自身の個人事業ではマーケティングコンサルタントとして活動。TV・新聞・WEB・講演等での露出多数。

文/株式会社ゼロ・プランニング 写真/新見和美