仕事のプロ

2019.03.28

聴覚障がい者の社会参加のパラダイムを変える

企業向け「無言語コミュニケーション研修」とは?

聴覚障がい者が講師を務める無言語コミュニケーション研修プログラム『DENSHIN(デンシン)』を提供する(株)Silent Voice(サイレントボイス)。2014年に創業し、2016年に法人化した新しい会社だが、法人契約をするクライアントは大手企業をはじめ60社にも上る。2017年には同名のNPO法人も立ち上げ、株式会社とNPOという2つの事業活動を通して、「聴覚障がい者の社会参加のパラダイムを変える」という挑戦を続けている。創業から現在までの道のりや事業内容、ビジョンについて、同社取締役でDENSHIN事業部責任者の桜井夏輝氏に伺った。

桜井氏には、強く印象に残っている言葉がある。初期からの顧客である某携帯ショップ代理店の社長にかけられた言葉だ。
 
『お客様に接するときのお辞儀の角度や丁寧な言葉づかいはもちろん大事だけど、何よりも大切なのがマインド。人にはうまく言葉にできない思いがあるものだけど、それを相手に伝えよう、相手が何を伝えたいかを理解しようとする姿勢が大事なんだよ。そのマインドが欠けていると、お客様はすぐに見抜くよ』
 
「人と人とのコミュニケーションに必要なのは、ツールじゃなくて、相手がわかるように伝えよう、なんとかして相手のことを理解しようというマインドなんだということを、改めて実感しました。そして、それがビジネスにおいても求められているのだということも、手応えとして感じました」
 
一方、企業が自分たちの研修に何を求めているかがつかめずに、悩んだ時期もあった。「研修によって何が得られるのか、得たものはどう業務に活かせるのか、会社にとってどんなメリットがあるのか」という課題に向き合った。
 
「無言語コミュニケーションのワークは、全体的に満足度が高いんです。『貴重な体験だった』、『伝えるのではなく伝わることが大事なんだとわかった』などのポジティブなコメントを毎回いただきます。一方で、『とても良い体験ができたが、明日からこれをどう仕事につなげていくかは明確になっていない』というコメントも多い。研修での気づきをいかにアクションにつなげ、仕事の成果につなげるか、1回の研修でどこまでコミットするのか、という課題を解決するべく、研修をブラッシュアップしていきました」
 
 
 

相手を認め、自分を開示できたチームは、
仕事のパフォーマンスが上がる

2017年に「DENSHIN」と名称を改めた企業向け無言語コミュニケーション研修は、その後、導入する企業・組織が続々と増えていった。TBS、日本郵便、村田製作所、ヤマサ醤油といった大手企業から、大阪市、宝塚市といった自治体、同志社大学などの教育機関まで、現在では法人契約は60社あまりに上る。
 
研修内容は各企業・組織に合わせてアレンジしているが、ベースは「日常のコミュニケーションの棚卸し・無言語コミュニケーションの体験・振り返り(明日からどうするかを考える)」という3部構成になっている。聴覚障がいのあるスタッフが講師を務め、ときには司会まで務めることもある。
 
2_bus_066_02.png

DENSHINが提唱するコミュニケーションの三大要素。「心=伝えようとする姿勢」「技=伝えるためのテクニック」「体=伝わるまで諦めない忍耐力」。 

 
「ミスコミュニケーションの原因の多くが、“伝わるだろう”という自己中心的なマインドにあります。だから、“(伝えているのに)どうしてわからないんだ”となり、“どうせわかってもらえないから話さない”となり、コミュニケーションが欠如してしまう。チーム内や上司・部下間でありがちなパターンですね。無言語コミュニケーションを体験すると、ジェスチャーや表情といった言葉ではないツールを使って、なんとか自分のことを伝えよう、相手の伝えたいことを理解しようとします。そして、伝わらないとき、理解できないときは、相手が理解できるように伝えるためにはどう表現すればいいかなど、相手の立場に立って考えるようになる。このマインドが、非常に重要なんです」(桜井氏)
 
研修の受講者から「お互いの弱みを開示できるようになった」「これまでは、完璧を装うために、自分ができないことや弱みを隠すことに労力を使っていたが、自分の弱さを開示していいんだと感じた」「フラットなコミュニケーションができるようになり、チームビルディングが加速した」などの感想が寄せられるようになった。
「無言語コミュニケーションって、究極の無礼講なんですよね。年齢も立場も性別も国籍も関係なく、フラットになって伝え合うしかない。伝わったらハッピー、伝わらなかったらアンハッピー。とてもシンプルです。同等な立場に立って、相手を認め、弱みも含めて自分を開示することができたチームは、コミュニケーション力が上がって仕事のパフォーマンスも上がる。チームビルディングに役立った、ヒントになったというコメントは、毎回たくさんいただきます」(桜井氏)
 
 
 

株式会社Silent Voice

2014年創業、2016年法人化。聴覚障がい者の活躍の場を増やす取り組みとして、無言語コミュニケーション研修プログラム「DENSHIN(デンシン)」、インクルーシブマネジメントコンサルティングなどの事業を手がける。社員には聴者も聴覚障がい者も混在。手話に限らずさまざまな手段でコミュニケーションを取り合う。代表取締役の尾中友哉氏が「みんなの夢アワード8」(2018年)や「第32回人間力大賞 内閣総理大臣奨励賞」でグランプリを受賞するなど、その活動は社会的にも周知・評価されている。

DENSHIN
株式会社Silent Voiceが提供する無言語コミュニケーション研修プログラム。聞こえないからこそ発達した能力を活かし、聴覚障がい者が講師を務める。言葉を介さずに表情やジェスチャーだけでコミュニケーションをとるワークショップを中心に、気づきの言語化、整理、共有を行う。企業からのニーズも高く、法人契約は大手企業をはじめ60社にも上る。

文/笹原風花 撮影/スタジオエレニッシュ 岸 隆子