組織の力

2017.11.13

個人と組織の可能性を拡げるパラレルキャリア〈後編〉

越境する人材が組織に新しい風を呼ぶ

組織に属しながら、社外でも社会活動や副業・兼業に取り組むビジネスパーソンが増えてきている。法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴教授は、このような生き方を「パラレルキャリア」と位置づけ、「パラレルキャリアは、個人にとっても組織にとっても役立つライフスタイルです」と強調する。後編では、組織にパラレルキャリアを取り入れるメリットについてお聞きした。

企業のスキルでは通用しない
その経験が貴重な学びになる

社員のモチベーション向上や離職防止だけでなく、「見逃せないのは組織力の向上というメリットです」と石山教授は指摘する。
「パラレルキャリアを実践することで、組織の壁を越えて多様な体験をし、異質な価値観をもつ人々に接する機会をもちます。このような越境学習を経た個人が、その体験で得た気づきを組織内に持ち帰って共有すれば、組織全体の多様性につながります。この多様性がイノベーションの原動力になる可能性もあるのです」

最後に、パラレルキャリアを取り入れている組織の事例を紹介しよう。
ロート製薬では、有志の社員の提案により2016年に「社外チャレンジワーク」という制度がスタートした。一定の条件を満たせば、終業後や休日に収入を伴った仕事ができる。つまり、会社公認で兼業を行うことができるのだ。この制度によって、個人事業として地ビールの会社を立ち上げた社員などが出てきている。

ロート製薬の「社外チャレンジワーク」制度に関して、石山教授は次のようなメリットを挙げる。
「社外チャレンジワークによって、企業の枠を越えてNPOのスタッフなど多様な人と接し、普段の業務では得られない技能を学ぶことになります。例えばミーティングの進行一つを取っても、企業とNPOでは進め方が異なります。企業は時間内の意志決定を重視しますが、NPOではじっくり問題に寄り添うことを求めるスタッフが少なくありません。そうなると、ファシリテーションの進め方ひとつをとっても、普段の企業のスキルとは違いがあるところに大きな学びがあったと予想できます」

また、インターネット接続サービスやサーバの設置・管理事業を行うさくらインターネットではパラレルキャリアを推奨しており、東京在住のエンジニアが富山県の実家で農繁期に農作業を行うことを認めている。同社がパラレルキャリアを認めるのは、「社外での経験による社員の成長は自社に還元され、会社の成長やお客さまの成長につながる」という意図によるものだ。中小企業庁が2017年5月に発表した『兼業・副業を通じた創業・新事業創出事例集』には、先述の富山県で農繁期に農作業を行っているエンジニアの事例が紹介されており、本人の感想も記載されている。「サービス提供者側だけでなく、地方在住の利用者としての視点を同時に得られるため、アイデアや気づきを本業における企画や開発に利用できる」という声は、まさにさくらインターネットの意図と合致しているようだ。

働き方や生き方の既成概念を捨てれば、選択肢が増え、新たな可能性が見えてくる。パラレルキャリアに目を向けることは、個人にとっても組織にとっても、大きな一歩になるはずだ。

石山 恒貴 (Ishiyama Nobutaka)

法政大学大学院政策創造研究科教授。NEC、GEにおいて人事労務関係を担当し、米系ヘルスケア企業の執行役員人事総務部長を経て現職。人材育成学会理事などを務め、人的資源管理や雇用の分野で精力的に研究活動を行う。著書に『時間と場所を選ばないパラレルキャリアを始めよう!』(ダイヤモンド社)や、『組織内専門人材のキャリアと学習』(日本生産性本部生産性労働情報センター)など。

文/横堀夏代 撮影/石河正武