仕事のプロ

2017.05.22

長野県上田市発信!地域活性化のメソッド〈前編〉

地域でワクワク働ける社会をつくる

地方の人口減少が深刻化し、各自治体は労働力や税収の確保に向けて、地域活性化のためのさまざまな取り組みを始めている。しかし、人口10~20万人の中規模都市では目に見える成果が出ていないのが現状だ。このような現状の中で、東京など大都市からの移住者が増え続けているのが長野県の上田市。市内での起業も増え、町の活性化が始まっている。上田市変貌の一端を担うのが、「地域でワクワク働ける社会づくり」というビジョンのもとに活動する組織HanaLab.(ハナラボ)だ。代表理事の井上拓磨氏に、HanaLab.が実践してきた地域活性化の取り組みについてお伺いした。

あえてコワーキングの場をつくり
拡がりのあるコミュニティを創出

井上氏はその頃たまたま、「コワーキング」という概念を知り、興味を感じたという。東京のコワーキングスペースをいくつか見学し、「自分のようなフリーランサーが、働きながらネットワークを構築できる場を上田市につくりたい」という思いを固めていった。スペースをつくるだけでなく、起業やNPO立ち上げを目指す人の創業支援にも取り組み、上田市で新しいことを始めやすい環境をつくりたい、という構想も見えてきた。そこで早速物件を借り、最初の拠点である「HanaLab.TOKIDA」を開業した。

コミュニティビジネスのデザインでは、まず地域コミュニティを確立し、必要なら場をつくるのが定石といわれる。しかし井上氏は、いきなり場をつくってしまった。その行動のベースには、異業種交流コミュニティの活動を行った際の経験があるそうだ。

「東京なら、先にコミュニティを確立する方法が成り立つかもしれません。しかし人口16万人の上田市で同じことをやろうとすると、『ループサンパチ』のときと同じようにメンバーが固定化し、顔見知りのグループが交流するだけで終わってしまいそうな気がしたんです。その点、ドロップインのワーカーを受け容れる拠点があれば、仕事をしに立ち寄ったり、イベントでたまたま訪れたりする人もいて、拡がりのあるコミュニティをつくれるのでは、と期待しました」

2_bus_030_02.jpg


事業を成り立たせるには
地域課題の改善がマストと気づいた

しかし大変なのはここからだった。開業からしばらくはフリーランサーを中心にコワーキングスペース利用の会員が順調に増えていたが、半年ほどで頭打ちになってしまったのだ。そこで井上氏は、「何が悪かったのだろう?」と自問し、上田市の置かれた状況を改めて見つめ直してみたという。

上田市の産業といえば長らく製造業が主体のため、新しいビジネスで起業しようとする人材は育っていない。また、製造業以外の就職口が少ないことから、東京や大阪に流出したホワイトカラー人材はUターンを視野に入れていないことが多い。地元に戻っても、今までのスキルやキャリアを生かして働くことが難しいと考えるからだ。

また、製造業における環境の変化についても、町に大きな影を落としていた。上田市は戦後から製造業で発展してきたが、バブル崩壊やリーマンショックを経て、製造業は衰退の一途をたどっている。また近年は、中小企業であっても、規定のモノだけをつくっていては先細りする。独自に製品を開発するなどの積極性が求められているのだ。しかし、上田市には、今の製造業界で必要とされるクリエイティブなモノづくりをサポートできる人材が育っておらず、新しい発想が生まれにくいため、少しずつ産業全体が縮小してしまう傾向が強まっていたのだ。

市内に移住して就職したり、起業したりする人がなく、既存の地元企業で働く人も減り続ければ、人口は次第に少なくなってくる。それに伴って税収が減っていくことは、地域にとって大きな課題だった。そして多様な個性を持つ人材が町に集まらないことは、そのまま井上氏が抱える課題とも重なっていた。

「HanaLab.を、いろいろな人がネットワークをつくりながら仕事ができる場所に育てるためには、上田市の地域課題を改善していくしかない、と気づきました」
こうして井上氏は、ループサンパチ時代からの仲間と話しながら「地域でワクワク働ける社会づくり」というビジョンを固めた。そして、ビジョンを実現するためのミッションとし、新たな雇用創出のため「創業や新規事業立ち上げの支援」と「働き手の育成と確保」を掲げ、精力的に活動を始めた。

起業や新規事業の立ち上げにあたって、まず社会課題の解決をミッションとして掲げるアントレプレナーは少なくない。しかし、課題をどうビジネスに結びつけるかの落としどころが見えず、立ち止まってしまうこともある。井上氏のように、モヤモヤと感じた課題感を大切に、まずは行動を起こしてみるのも一つの方法といえるだろう。

後編では、HanaLab.で井上氏がミッション実現に向けてとった具体策や、結果として地域に起こった変化についてお伺いする。

井上 拓磨(Inoue Takuma)

愛知県名古屋市生まれ。信州大学大学院を卒業後、大日本印刷株式会社に勤務し、液晶テレビ部材の新工場立ち上げに従事。退社後、上田市に移住し、フリーランスとしてモバイルコンテンツの企画・制作に携わる。2012年にHanaLab.を創設。HanaLab.の取り組みは、内閣府の「新しい公共の場づくりのためのモデル事業」などに採択され、2013年には信州協同大賞優秀賞を受賞している。

文/横堀夏代 撮影/HanaLab.