仕事のプロ

2016.11.07

社会課題解決の「場」としてのリビングラボの可能性〈後編〉

事例に見る「リビングラボ」の今

課題解決に向け、多様なステークホルダーが参加して実証実験を行う仕組み「リビングラボ」に、昨今、日本国内でも関心が高まりつつある。後編では、その実践事例として、デンマークで行われている“Give & Take Project”を紹介し、国内での先進事例や今後の課題について、引き続きコペンハーゲンIT大学の安岡美佳助教授に伺う。

日本でのリビングラボの浸透には、
官や民の積極的な参加が不可欠

北欧では一般的に、社会や国は自分たちがつくり上げているのだ、という民主主義的な当事者意識が強く、街づくりや社会課題の解決においても、自分たちが積極的に関わり、意見を出していかなければならない、という意識が強いという国民性、社会性がある。

「北欧では、社会的・文化的背景から、リビングラボも根付きやすいのでしょう。日本ではそういう面での主体性は全体としては強くはありませんが、意識が高い人もいて、さまざまな取り組みが始まっています。ただ、やはり大きな規模にしていくためには、官や民、なかでも大きな組織の参加が不可欠です。動きにくい官や民をどう動かしていくかが、日本の今後の課題だと思います」

国内の先進的な例として安岡助教授が挙げるのが、「風の谷プロジェクト」(神奈川県三浦市)だ。高齢者のリハビリデイサービス施設が、主体的に動き、施設を場として様々なプロジェクトを産学官連携事業として成立させている。3つの大学、神奈川県内の企業などが協働し、デイサービスに通う高齢者に当事者として参加してもらい、健康増進、転倒予防、介護予防、介護・リハビリロボットの研究開発の場として機能している。

また、地域のおばあちゃんや子育て中の母親たちが集い、ユーザー目線で年輩者向けの育児グッズの制作などを行う「BABAラボ」(埼玉県さいたま市)では、企業や大学とコラボレートした製品を開発・販売するなど、コミュニティ発のリビングラボとして注目を集めている。

「BABAラボは、子育て世代の女性が、地域の潜在資産であるおばあちゃん達を巻き込んだビジネスモデルを展開しています。シェアオフィスで働く女性が、おばあちゃんに子どもを見てもらいながら仕事をしていた、また、おばあちゃんたちの手芸スキルを活かした子育てならぬ、孫育て製品をつくるというところから始まりました。子どもの世話をする中で、年輩者にはママ向けの育児グッズが使いにくい、ということになり、足腰が弱くても赤ちゃんを抱っこしやすい毛布を自作したり、さらに、企業や大学とコラボして老眼でも目盛りが見やすい哺乳瓶を開発したりするようになり…と、どんどんとオープンに展開していったのです」

こうしたリビングラボ的な事例やリビングラボに興味を示す大企業は国内でも徐々に増えており、中には自治体が主体ではなくてもサポート的に参加する事例もあるという。安岡助教授は、「リビングラボありきで解決すべき課題を後付けで設定するのではなく、先に社会課題があってその解決手法としてリビングラボがある、という点には注意が必要」とくり返しつつ、動き出したばかりの国内での今後の展開に大いに期待を寄せている。


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安岡 美佳(Mika Yasuoka)


デンマーク・ロスキレ大学准教授、北欧研究所代表。コペンハーゲンIT大学助教授、デンマーク工科大学リサーチアソシエイツ等を経て現職。2005年に北欧に移住。「人を幸せにするテクノロジー」をテーマに、スマートシティやリビングラボなどの調査・研究に取り組む。会津若松市スーパーシティ構想のアドバイザーも務める。2022年に『北欧のスマートシティ テクノロジーを活用したウェルビーイングな都市づくり』(ユリアン森江 原 ニールセン氏との共著;学芸出版社)を出版。

文/笹原風花 撮影/曳野若菜