仕事のプロ

2016.10.31

社会課題解決の「場」としてのリビングラボの可能性〈前編〉

「リビングラボ」の意義と本質とは?

課題解決に向け、自治体や企業、大学などが中心となり、ユーザーや地域住民といったコミュニティを巻き込んで行われる実証実験の場「リビングラボ」。欧米、とりわけ北欧を中心に実践されてきたが、昨今は国内でも関心が高まっている。リビングラボとは何か、その本質について、北欧の事例に詳しいコペンハーゲンIT大学の安岡美佳助教授に伺った。

多様性の中で試行錯誤をくり返す
大きな可能性を秘める仕組み

では、リビングラボを構成するステークホルダーに不可欠な要素というのはあるのだろうか。一般的に、ユーザーや地域住民といったコミュニティメンバーの他に、産・官・学・民といったステークホルダーが考えられるが、安岡助教授は「重要ではあるが必須ではない」と述べる。

「どのような立場の人が参加するかは、解決すべき社会課題はもちろん、地域性などによって異なってきます。資金や専門的知見、土地や建物といったハード面など、それぞれが持っている要素から考えます。例えば北欧では社会的な仕組みとして政府や自治体が担う役割が大きいですから、多くの場合で官の存在が不可欠になります。また、近年ではITが社会インフラの一つとして非常に重要になってきていますので、その視点も欠かせないでしょう」

また、「場」という言葉もよく使われるが、リビングラボは必ずしも特定の場所を必要とはしない。コンセプトとしての「場」であり、当事者が活動する場が実験場(ラボ)となり、それはときに屋外での散歩であったり、幼稚園でのアクティビティであったりする。

このように、リビングラボとは明確な定義や手法が確立されているものではない。個々の社会課題を解決するために必要な手法を追求した結果生まれた、いわば自然発生的な解決手法なのだ。

「リビングラボありき、なのではありません。答えがない課題、解決策が一つではない課題に対しては、さまざまな分野からアプローチをして方策を探る必要があります。その課題に携わる人々の間で課題を認識し、意見を出し合い、話し合って試行錯誤しながらみんなが納得できる解決策を生み出したい。当事者の意見や声も聞く必要があるだろう。そのためには、どのような枠組みで考えれば良いだろうか...。そうして辿り着いたのが、さまざまな立場の人が参加して解決策を導き出すリビングラボという手法なのです」


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また、イノベーションを起こす場や手法の一つとしてリビングラボが語られることもあるが、それについて安岡助教授は、「すべての課題において革新的ないわゆる"イノベーション"が起きるわけではないし、そのようなことを目指しているわけでもない」と述べる。

「多様性の中でより良いものを目指して試行錯誤をくり返すリビングラボの手法は、大きな可能性を秘めており、イノベーティブなことができる枠組みであることは間違いありません。ただ、実際には、そこまで革新的なアイデアがかたちになった、コミュニティにイノベーションが起きた、というような事例はあまりありません。むしろ、リビングラボというのは、北欧の社会システムにおいて、生活に密着したかたちで自然発生的に生まれ、トップダウンではなく民主主義的に機能しているものだといえるでしょう」

なお、リビングラボは北米でも盛んだが、その背景や実践手法は北欧のリビングラボとは異なる。よりマーケット主体でアウトプットを重視し、リーダーシップやディベートに則ったコミュニティ構築のアプローチ法という合理的要素が強く、参加者同士の対話を重視する民主主義的な北欧型と比べると、その違いは明らかだ。これも、両者の社会システムに合ったかたちで発展してきたと考えると、納得がいく。

後編では、北欧での事例を紹介し、日本でリビングラボを実践するための課題や展望について、引き続き安岡助教授に伺う。

安岡 美佳(Mika Yasuoka)


デンマーク・ロスキレ大学准教授、北欧研究所代表。コペンハーゲンIT大学助教授、デンマーク工科大学リサーチアソシエイツ等を経て現職。2005年に北欧に移住。「人を幸せにするテクノロジー」をテーマに、スマートシティやリビングラボなどの調査・研究に取り組む。会津若松市スーパーシティ構想のアドバイザーも務める。2022年に『北欧のスマートシティ テクノロジーを活用したウェルビーイングな都市づくり』(ユリアン森江 原 ニールセン氏との共著;学芸出版社)を出版。

文/笹原風花 撮影/曳野若菜