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2016.10.07

山中鹿介 「七難八苦を与えたまえ」

ビジネスに役立つ、戦国十傑の哲学と西洋思想〈その7〉

歴史には数々の英傑たちが存在します。ナポレオン、ガンジー、劉邦…。もちろん、日本史にも。そして、彼らが成し遂げた偉業や金言は歴史書などに記録され、今も私たちと共にあります。それは読み解かれるべきものであり、私たちの生き方に活かされるべきもの。そして、当然ビジネスの場においても、活かされるべきものなのです。私たちが活かしてこそ、初めて英傑たちは息づいてきます。信奉しているだけではNG。無数に英雄たちの言葉を入り口の一つとして紹介します。まずは戦国乱世に生きた武将たちの言葉をひもといていきましょう。

これまでに私たちは錚々たる戦国武将の言葉から人生を学んできました。真田幸村、徳川家康、伊達政宗などなど…詳しいことはわからなくても、知らない人はまずいないでしょう。さて、今回の人物は山中鹿介です。誰だろう?と思われた方もいらっしゃるでしょう。いっぽうで、待ってました!と胸躍らせる方もいらっしゃると思います。両極端な反応が期待できるのも、鹿介らしさと言えます。
 
知名度ではたしかにあまりありません。実際、歴史の教科書に名を残すような成果は挙げていません。しかし、生き様はこれまでの名将たちに勝るとも劣りません。山中鹿介の生涯はどんなだったのでしょうか、まずはここから紹介します。
 
山中鹿介の名で親しまれていますが、山中幸盛が正式名称。中国地方で毛利氏と争った戦国大名、尼子氏(あまごし)に使えた一武将です。尼子の殿様は、後世の評価によれば、暗愚。いっぽう、鹿介は子どもの頃から麒麟児として認められるほどの、武芸教養に秀でた武将だったようで、他の拠点がどんどん毛利軍によって攻略されていくなか、鹿介の陣営だけは勝ち続けたといいます。最終的には、尼子氏の本拠地である月山富田城は兵糧が尽きて降伏しますが、その後も、鹿介は尼子氏再生のために全力を尽くします。しかし、その努力もむなしく、三度目の失敗のときに謀殺されてしまったようです。
 
もし会うことができたなら、私は鹿介にこんな質問を投げかけるでしょう。「なぜ、有能とは言い難い主君に尽くしたのか?」、「あなたの才能を惜しむ人物は、光秀や秀吉を始めたくさんいたのに…」と。
 
勝海舟の随筆『氷川清話』に山中鹿介のことが次のように述懐されています。
「いわく、自分の気に入る歴史の武将はまったくいない。強いて挙げれば、山中鹿介と大石良雄である。鹿介は、凡庸な主君のために大望は果たせなかったが、それでも挫けず、倒れるまで戦った」
 
不撓不屈とは、彼のためにある言葉といっても過言ではないでしょう。
そんな男の最も有名なエピソードが、「願わくば、我に七難八苦を与えたまへ」です。尼子氏再興のため、失敗と再起を繰り返しながら戦う鹿介の眼前には、苦難の道しかなかった。しかし鹿介はさらに一層の苦難を求めて、神に祈りました。主家再興は、彼にとってそれほど高い「志」だったのでしょう。
 
目に付きやすい大勝利とか大成功とかではなく、生きる姿勢で私たちを魅了する人物がフランスにもいます。モラリストであり文学者のフランソワ・ド・ラ・ロシュフコーです。17世紀のフランスで、名門貴族の生まれでありながら、多くの戦いに参加し、志を曲げることなく、最後まで負け続けました。
 
そのラ・ロシュフコーの手による『箴言集(しんげんしゅう)』にこんな言葉があります。
 
「どんな不幸な出来事でも、有能な人物はそれをアドバンテージに変える。いっぽう思慮のない人物はどんな幸運をも災いにしてしまう」
「敵に欺かれ味方に裏切られ、さぞかし無念だろう。だが私たちは自分に裏切られても平気でいられる」
 
己の「志」に忠実でいること。「志」は己のためにあるのではなく、また結果が重要なのでもなく、「志」を立てたというその事実がすでに尊いのではないでしょうか。
 
何度やっても成功しないときなど、「もういい加減にしてくれ!」「もうやめた!」なんて思ってしまうのが、正直な気持ちでしょう。しかし、そんな正直さが実は「自分を裏切っている」ときもある、そのことを鹿介も知っていたのではないでしょうか。だからこそ、「我に七難八苦を与えたまへ」だったのだと思います。
 
「我に七難八苦を与えたまへ」の原点は大乗仏教の経典『仁王経』にあります。「七難即滅七福即生」、苦難はすなわち幸福である、と説かれています。出来る人物は、それをアドバンテージに変えてしまう力があるということですね。
 
「勝ちにこだわる」結果が、「どんな手を使ってでも勝つ」に転落してはいけません。こだわりはむしろ、何度でも立ち上がる、不撓不屈、この一点に絞るのです。「勝ち」も「負け」もある意味、天運。私たちが自分でできることは、自分の立てた「志」を裏切らないこと、踏み潰されても決して折れないことなのではないでしょうか。人間とはともすれば挫け易いもの、そんな私たちだからこそ、山中鹿介はいつでも見守っているのでしょう。

大竹 稽 (Ootake Kei)

作家・モラリスト。十六世紀から十七世紀にかけてフランスで活躍したモラリスト(モンテーニュ、パスカルら)が主な研究対象。これまでの論文のテーマは、サルトル、ニーチェ、バタイユなど。「自己」と「生死」についての究明が生涯の課題である。世田谷区の九品仏で親子向けの哲学道場を開いている。

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