仕事のプロ

2016.09.01

武田信玄 「人は、人は、人は」

ビジネスに役立つ、戦国十傑の哲学と西洋思想〈その5〉

歴史には数々の英傑たちが存在します。ナポレオン、ガンジー、劉邦…。もちろん、日本史にも。そして、彼らが成し遂げた偉業や金言は歴史書などに記録され、今も私たちと共にあります。それは読み解かれるべきものであり、私たちの生き方に活かされるべきもの。そして、当然ビジネスの場においても、活かされるべきものなのです。私たちが活かしてこそ、初めて英傑たちは息づいてきます。信奉しているだけではNG。無数に英雄たちの言葉を入り口の一つとして紹介します。まずは戦国乱世に生きた武将たちの言葉をひもといていきましょう。

今回は戦国武将龍虎の一角、甲斐の虎こと武田信玄に登場願いましょう。
彼の軍旗といえば、そう、「風林火山」です(これを信玄自身が使っていたのか、それとも現代の創作なのか、そのあたりは歴史学者に任せておきましょう)。この言葉の元が中国の兵法書、『孫子』にあることは、みなさんご存知でしょうか。
 
其の疾(はや)きこと風の如く、
其の徐(しず)かなること林の如く、
侵掠(しんりゃく)すること火の如く、
知り難きこと陰の如く、
動かざること山の如く、
動くこと雷の震う(ふるう)が如くにして…
 
さて、「知り難きこと陰の如く」は「暗闇のように実態を隠し」、
「動くこと雷の震うが如く」は「動くときは雷鳴のように激しく」、
この二つを抜くと「風林火山」になりますね(しかしなぜ「陰」と「雷」を削ったのか、ここも不明のままのようです)。
 
『孫子』は兵法書であり、戦の勝利が最高の目標であることは当然です。しかし、そのために敵味方合わせて、あらゆる人が利害によって計算され、もののように扱われていることは否めません。
 
武田の戦略・戦術を記した軍学書『甲陽軍鑑(こうようぐんかん)』によれば、信玄は『孫子』の兵法にあまり信を置いていなかったようです。みなさんはどう思われますか(事の真偽ではなく)?
 
『孫子』は「兵は詭道なり(相手を騙すこと)」から始まります。
確かに、戦国時代は裏切りが日常茶飯事。けれども、そんなカオスを生き抜いた好人物に、あえて「騙し合い」の権謀術数(けんぼうじゅっすう)を重ねたくないのが私たちの人情ではないでしょうか。むしろ、私たちが求める信玄という人物は、領土拡大ばかりを考える頭(トップ)ではなく、臣下だけでなく領民からも慕われた「おやかた様」なのです。
 
そんな君子の面も併せ持つ信玄の言葉として有名なのが、こちらです(これもまた彼自身の手によるものかは不明です)。
 
人は城、人はいし垣、人は掘
 
信玄ひきいる“常勝無敵・甲州軍団”として天下に勇名を轟かせた猛将剛将たち24人を描いた「武田二十四将図」。掛け軸、手ぬぐい、扇子など、この絵が描かれたお土産をいただいた方もいらっしゃるでしょう。そして、この絵にこそ、信玄が繰り返した「人は」のエッセンスが隠されています。
信玄は「戦の勝ち方」や「城の造り方」ではなく、「国も城も、その要は人である。人だけである」ことを、私たちに教えているのですね。
 
生き馬の目を抜く時代に求められるのは「騙し」の技術でしょうか?(戦国時代に生まれていたらこんな質問もできないでしょうが)
むしろ、「信じる」覚悟なのではないでしょうか。そもそも、世の中も人間の心も移ろいやすいものです。だからといって、早い者勝ちの奪い合いを推奨するのはどうでしょうか?
 
私たちは、信玄が生き抜いた時代とは別種の「うつろいやすさ」に悩まされているようです。
日本にはものが溢れ、たいていのものは購入できます。日本には幸いなことに戦争はありません。
仕事の選択肢も溢れており、目標があればたいていそちらに進むことが許されているはずです。
けれども、この空虚感はなんでしょう?
 
確かにものは豊かにある、しかしなにかに追い立てられてばかりいてむしろ自分は貧しくなっているんじゃないか…
いろんな仕事が許されている、しかし自分はなんにも達成できていないんじゃないか…
ほうぼうでいろんな集まりがある、しかしそこにあるのは慰め合いばかりじゃないか…
 
もてはやされるのは「勝ち組」ばかり、「勝ち組み」「負け組」に私たちは分別されて、そこに「人の情け」はあるのだろうか?
 
先の信玄の名言には続きがあります。
 
情は味方、仇は敵なり
 
名君信玄は言います。「人は城、人は石垣、人は掘。情けは味方、仇は敵なり」。
人を利用し国づくりをしてはならない、人こそ国である。国が栄えるか衰えるかはすべて人にあり、メソッドとかテクニックにあるのではない。
 
君の国は栄えているか?
君の仲間は君を信頼しているか?
もしそうでないなら、まずは君が情けを持とう!
情けをもって人と接しなさい。
こんな信玄の声が聞こえてきそうです。
 
それにしても、世知辛い現代には、正体不明の不安や空虚感がねっとりとまとわりついています。
そんな不安はどうすれば解消できるでしょうか?
 
「我々が本心を見せるのをはばかるのは、相手を信用できないからではなく、我々自身を信用できないからである」
 
信玄から遅れること、約100年後にフランスで活躍した名将、ラ・ロシュフコーからの助言です。
不安の原因は己にある。人を信じられないという人は、自分を信じていないのだ、ということです。
 
人はものではありません。だからこそ人の心は移ろいやすい。では人をもののように打算的に利用していいのか…誰もが「ダメ!」と答えるでしょう。誰かをものとして扱うことは自分もものとして扱われることです。
 
そうはいっても、移ろいやすい人の心をどうすればいいのか?
「人は城、人はいし垣、人は掘」、まずは自分が城の一部、石垣の一部、掘の一部であることを認めることでしょう。
それは自分を信頼することなのでしょう。
 
信玄にとっては、だれもかれもが「人」でしかない。
城も石垣も掘も(確かに比喩ですが)、人でしかない。信玄は、「信」の「玄人」だったのでしょうね。
 

大竹 稽 (Ootake Kei)

作家・モラリスト。十六世紀から十七世紀にかけてフランスで活躍したモラリスト(モンテーニュ、パスカルら)が主な研究対象。これまでの論文のテーマは、サルトル、ニーチェ、バタイユなど。「自己」と「生死」についての究明が生涯の課題である。世田谷区の九品仏で親子向けの哲学道場を開いている。

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