組織の力

2016.04.22

地域力×企業価値による生き残り戦略〈後編〉

いすみ鉄道が実践する、内側からの「ブランド化」

千葉県のいすみ鉄道は、いわゆる「赤字ローカル線」として知られ、近年は廃止が検討されてきた鉄道である。しかし、公募によって2009年に就任した鳥塚亮社長(取材当時)の“観光列車”戦略によって息を吹き返し、近年のいすみ鉄道は沿線地域の活性化を支える屋台骨となっている。後編では、企業再生に大きく貢献する人材育成やマネジメントについて、鳥塚氏に伺った。

Open&Honestな上司のもとで
自ら考えて行動する社員が育つ

鳥塚氏は、数年前までマネジメントに関してある懸案事項を抱えていたという。
「自ら行動する姿勢はだいぶ浸透してきたものの、社員たちが何を決めるのにも私の判断を仰ぐのが気になっていました。社外からは『いすみ鉄道は社長がいなくなったら終わりだ』という声も聞こえていました。そんな折、たまたま3年前に体調不良で1か月入院することになり、この機会に私が最低限関わるだけで業務が回るシステムを作るしかないな、と考えました」


  • 1_org_004_002.jpg
  • 1_org_004_003.jpg

それ以降、鳥塚氏は社員に商品開発や企画に関して、注意すべきポイントをさりげなく社員に見せ、「あとは自分たちでやりなさい」という姿勢を示してきた。例えばレストラン列車の開発では、社長自ら列車に乗り込み、運行ダイヤを見ながら料理を提供するタイミングを一つずつ決めたという。また、業務を少しずつ社員に任せていく過程で常に意識したことがある。

「私は長年、外資系の航空会社に勤務し、さまざまな上司を見てきました。部下の力を最大限に引き出す上司に共通するのは、Open&Honest、そしてApproacheableな佇まいです。そして、社員がお客様にとってよかれと思って行動したことで何かトラブルが起きたら、社員を守るスタンスを貫くことも大切。私も、この姿勢で社員と接するよう心がけてきました」

現在、社員たちの間には、自力で考えて行動する姿勢が浸透している。ある運転士は、列車ダイヤに問題がなければ乗客の求めに応じて自己裁量で撮影向きのスポットで電車を停車させることもある。バレンタインデーのチョコレート配布や飲茶列車なども、社員からのアイデアだ。
「飲食店でよく行われている"雨の日サービス"をヒントにして、雨の日だけ車両のヘッドマークを替えることを提案しました。これでまた希少価値が増え、雨の日にもお客さんが訪れてくれるようになりました。
世の中にはこのようなアイデアがたくさんあふれているので、それを鉄道業界にパクって(適応して)、新しいサービスにする、そう考えたらアイデアも出しやすいでしょ。社員にも、気軽に面白いアイデアをどんどん出してもらいたいですね」

鳥塚氏は社長就任直後、社員を集めて「いすみ鉄道をブランド化します。働いているみなさんが、周りから『いい会社に勤めているね』と言われる会社にしましょう」と宣言したという。そして、沿線地域はもとより全国で独自の存在感を築く一方で、社内では一人ひとりが生き生きと働ける環境を創り上げた。いすみ鉄道の事例は、企業再生のあり方として一つの理想形といえるのではないだろうか。


1_org_004_006.jpg

鳥塚 亮(Torizuka Akira)

いすみ鉄道株式会社代表取締役社長(取材当時。2018年退任)。学習塾職員や大韓航空の地上職勤務を経て、英国航空(ブリティッシュ・エアウエイズ)に入社。旅客運航部長などを務める。副業として鉄道DVDの制作会社も経営。2009年にいすみ鉄道株式会社の社長公募に応募し、採用される。就任後は、ムーミン列車やレストラン列車、訓練費用自己負担運転士募集などのアイデアを実現し、鉄道の収支改善を達成する。著書に、自身のブログを書籍化した『ローカル線で地域を元気にする方法』(晶文社)など。

文/横堀 夏代 撮影/石河 正武