組織の力

2016.04.20

地域力×企業価値による生き残り戦略〈前編〉

いすみ鉄道に学ぶ、赤字でも地域で必要とされる企業のあり方

「人員整理、経費削減といったいわゆる企業再生のセオリーは、すべての企業に通用するとは限りません」と語るのは、千葉県の第三セクターであるいすみ鉄道株式会社代表取締役社長(取材当時)の鳥塚亮氏だ。“観光列車”というコンセプトを軸にさまざまな施策を打ち出し、収支改善を成功させてきた鳥塚氏に、企業や地域の独自性を生かした再生メソッドについて話を伺った。

鉄道と地域のブランド力を
高めて企業の存在価値をつくる

また、地域住民の言葉は、鳥塚氏にあるヒントをもたらした。それは、「地元の人に喜んでもらうには、外からお客さまを呼んでくればいい」というシンプルな発想だ。沿線地域の人口は年々減り続けており、地元住民の利用増加を見込むことは難しい。ならば、いすみ鉄道を観光列車として世間に認知してもらうしかない、と考えたという。
「そもそも社長に就任する時点から、いすみ鉄道を存続させるには、人員整理や経費削減といった一般的な企業再生の手法は通用しないと考えていました。この方法で立ち直るのなら、全国の赤字ローカル線問題はとっくに解決しているはずですからね」
観光列車となると、乗客は電車に乗るだけでなく、沿線の風景を楽しみ、駅弁などで地域の食材を味わい、住民とふれ合うことになる。いすみ鉄道が地域の広告塔となるわけだ。乗客が増えれば沿線の経済活性化が期待でき、たとえ赤字が解消しきらなくてもいすみ鉄道は地域にとって不可欠の存在となる。これが鳥塚氏の思い描いた、地域と会社を同時に元気にする戦略だった。
1_org_003_001.jpg

観光列車化にあたって鳥塚氏が重視したのは、会社と地域をブランド化することだった。鳥塚氏は、前職では英国航空に勤務するかたわら、鉄道DVDの制作会社を経営していたほどの鉄道マニア。ブランド化の発想は、いすみ鉄道の沿線環境や商品供給力、鉄道を利用する顧客の心理を考え合わせたうえで出てきたものだったという。

「うちは基本的には2両編成の電車を1時間に1本走らせるだけ。全員が座れる人数となると、1車両に40~50人として1本で100人未満です。また、沿線には目立つ観光地もありません。そこで『何もない里山の風景を楽しめる人』『個人でわざわざ乗りに来てくれる人』といった、マスではない顧客像を設定しました。ホームにあふれるほどお客さまが殺到しても、立ちっぱなしで疲れたりしてリピートにつながらないので、あくまで座れる人数が埋まるのが理想と考えました」
限られた人数しか乗れない。運行本数が少ない。そんな“限定品”的な要素は、いすみ鉄道ブランド化の好条件となった。鉄道がブランド化することで地域のブランド力を高めることも鳥塚氏のねらいだった。
「地域経済が活性化することは大切ですが、安売りしていてはリピーターをつくることができません。『また来たい』と思ってもらうためには、地域も憧れの存在になる必要があります。ですから弊社がメディアの取材を受けるときは、鉄道よりむしろ沿線地域のアピールに力を入れています」
鳥塚氏の読みは的中し、いすみ鉄道には観光シーズンに限らずリピーターが訪れる。それに伴い、沿線の宿泊・飲食施設にも顧客が増えているという。
  • 1_org_003_002.jpg
  • 1_org_003_003.jpg
ムーミン列車を走らせることにしたのは、従来の鉄道ファン層ではない女性をターゲットとするためだったという。
「もともと鉄道マニアである私が、従来の鉄道ファンに向けたビジネスを発信しても、ただのマニアビジネスです。社長になったからには、今までやらなかったことにチャレンジしたかったんです。それに、航空会社時代の経験で飛行機を利用する女性のお客さまと接するなかで、女性は興味を持ったらすぐ行動することもわかっていました。そこにマーケットがあるのだから、取りに行かない手はないでしょう」
いすみ鉄道に乗って社内を見渡すと、幅広い年代の女性客が目立つ。女性たちは「平和で争いのないムーミン谷」という世界観に共感し、イマジネーションを拡げて小さな旅を楽しんでいるのだ。
鳥塚氏は、ユニークなアイデアで社内の活性化も実現している。後編では、「700万円の訓練費用自己負担を条件とした運転士募集」という施策や、鳥塚流のマネジメント術などを詳しくお聞きする。

鳥塚 亮(Torizuka Akira)

いすみ鉄道株式会社代表取締役社長(取材当時。2018年退任)。学習塾職員や大韓航空の地上職勤務を経て、英国航空(ブリティッシュ・エアウエイズ)に入社。旅客運航部長などを務める。副業として鉄道DVDの制作会社も経営。2009年にいすみ鉄道株式会社の社長公募に応募し、採用される。就任後は、ムーミン列車やレストラン列車、訓練費用自己負担運転士募集などのアイデアを実現し、鉄道の収支改善を達成する。著書に、自身のブログを書籍化した『ローカル線で地域を元気にする方法』(晶文社)など。

文/横堀 夏代 撮影/石河 正武