組織の力

2019.12.23

組織風土改革を加速させる三菱マテリアルのオフィス移転〈前編〉

開拓・共創精神の復活と新しい価値創造に向けた挑戦

140年の歴史をもつ総合素材メーカーの三菱マテリアル株式会社は、2019年3月に東京・大手町の本社を丸の内に移転した。今回の移転は組織風土改革の一環であり、改革のコンセプトを体現した新オフィスは社内外で好評を博している。移転プロジェクトチームのリーダーを務めた総務部総務グループ長(当時)の廣川英樹さんは、「若手社員が中心となって創ったオフィスで、組織風土を変える働き方が実現しました」と語る。同社は、どのような思いから改革のコンセプトを打ち立て、新オフィスに落とし込んだのか。廣川さんほか4人のプロジェクトメンバーにお聞きした。

開拓・共創精神の復活と新しい価値の創造を目指す
組織風土改革に取り組む

三菱マテリアル株式会社では、2017年から2019年までの3カ年にわたって、中期経営戦略のテーマである「成長への変革」を目的とした組織風土改革を進めている。
同社は140年の歴史に支えられた老舗企業だが、時代の変化が加速する中で組織風土を変える必要性を強く感じていた。そこで、過去の成功体験に甘んじず各事業が切磋琢磨する開拓・共創精神を復活させることと、今の時代に求められる新しい価値を創造することを目的に、働き方を変えようと改革に踏み切ったのだ。
 
同社は目指すべきワークスタイルのあり方を、「創造性の発揮」「戦略的なコミュニケーション」「業務生産性の向上」という3つのコンセプトに落とし込んだ。そして、これらを実現するために本社移転を計画したのだった。
 
 
 

新しい価値創造を実現する働き方を阻む
コミュニケーションの壁

では、同社の組織風土には、どのような課題があったのだろうか。廣川さんによると、「課題の一つは社内のコミュニケーションだった」という。
 
「当社では1999年に社内カンパニー制という制度を導入し、現在は高機能製品や加工製品、金属、セメントの4つの事業をそれぞれ一つの企業に見立てて運営を進めています。この制度によって、カンパニーごとの意思決定がスピーディになったり、損益が明確化されたりと、大きなメリットがありました。ただ、この制度によって組織が縦割り化され、事業シナジーが生まれづらくなったのも事実です」
 
竹内前社長へのインタビューでは、「チャレンジ精神を持って、新製品・新事業の創出につなげてほしい」「『長時間働くことが善』ではなく、成果物にこだわってほしい」といった課題が示された。
 
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右)廣川英樹さん(移転PJリーダー)

 

 
 

プロジェクトのコンセプトは
『枠をこえてつながるオフィス』

これらの問題点は、旧オフィスのつくりによって助長されている側面もあった。執務エリアが4フロアに分かれており、コミュニケーションがとれるスペースがほとんどなかったため、カンパニー間の交流が生まれにくかったのだ。また、経営トップと一般社員の執務エリアが隔てられており、心理的に距離があると社員が感じる要因になっていた。
 
今回のオフィス移転は、これらの課題を解決する施策の一環として計画された。廣川さんらが新しいオフィスでの働き方について議論していく中で、これからの“ありたい姿”として『枠をこえてつながるオフィス』というコンセプトが決まった。
 
改革推進部で組織風土改革を担った藤田悠さんによると、このコンセプトには複数の意味合いがあるという。「部分最適の枠を超えて創造性を発揮し、よりよいアイデアを創出しよう」「部門の壁を越えて、事業シナジーにつながるコミュニケーションをとろう」「古い慣習を超えて、業務を効率的に遂行しよう」の3つだ。
「さらに、それぞれの成果がつながることで「成長への変革」を加速させよう、という意味も込められています」
 
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右)藤田悠さん(主に働き方改革・風土改革を担当)

 

コンセプトの決定とあわせて、移転プロジェクトを中心になって担うメンバー10人が決まり、オフィス移転のプロフェッショナルであるコクヨを加えて活動が始動した。メンバーには、藤田さんのほか、総務部総務グループの秀真里奈さんや田中健太さん、生産技術センターの彌永宏之さんなどの若手社員が多く起用された。廣川さんは「これからの三菱マテリアルを担う若手に、会社が抱えている課題を乗り越えるオフィスをつくってもらいたかった」と説明する。
 
「今までの組織風土に慣れている中堅以上の社員では、新しい働き方を実現するためのオフィスをつくるといっても限界があります。マテリアルの色に染まり切っていない若手社員なら、『枠をこえてつながるオフィス』に向けて新鮮なアイデアをたくさん出してくれるはずだと期待しました」
 
 
 

プロジェクトの成功を確信したプレ定例会議
若手社員が結束し、プロジェクトに勢いが生まれた

プロジェクトメンバーのうち、藤田さんや秀さんは空間・家具デザイン、彌永さんは建築計画、田中さんは書類削減などを担当することが決定した。具体的なオフィスレイアウトや家具、業務の効率化を実現する働き方などの検討が始まった。
 
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左から)田中健太さん(主に書類削減を担当)、秀真里奈さん(主に空間・家具デザインを担当)、彌永宏之さん(主に建築計画を担当)、藤田悠さん(主に働き方改革・風土改革を担当)、廣川英樹さん(移転PJリーダー)

 

活動開始当初は、事務局だけの週例とパートナーも含んだ週例の計2回で、さまざまな事項を検討していたが、出席者の人数が多いことから議論が拡散し、次回に持ち越されるということが何度かあった。
そこで廣川さんは、藤田さんや秀さんを含む5人程度の中心メンバーだけを集め、毎週の定例会の数日前に「プレ定例」を開催。次回の定例会に向けて、方向性の確認や議題整理を行うようになった。廣川さんは、「プレ定例を実施することによって、本定例会でも物事がテキパキと決まるようになった」とその成果を語る。
 
プレ定例のメリットは、スピードアップだけではなかった。田中さんは、「社内だけでも週3回は顔を合わせて意見を共有する中で、メンバーとの絆を感じるようになった」という。
「私は2018年に異動してきたため、他のメンバーより一足遅れてチームに加わりました。ですから最初は不安もありましたが、仲間意識を感じられるようになってからは、『きっとこのプロジェクトはうまくいく』と確信できるようになりました」
 
同社では、まず組織の課題を徹底的に洗い出し、そこから“ありたい姿”を描いて新オフィスのコンセプトを策定した。オフィスづくりでメンバーたちがこだわったポイントは後編で詳しく紹介するが、自社に足りない要素を明確にすることがよい職場づくりの第一歩といえるのは間違いないだろう。
 
後編ではそのほかに、プロジェクトを進めるうえでメンバーが行った工夫や新オフィスのこだわりポイント、移転後の働き方などを紹介しよう。
 

三菱マテリアル株式会社

1871年に岩崎弥太郎が創設した炭鉱・金属鉱山事業を発端とし、1990年に三菱金属と三菱鉱業セメントとの合併によって誕生した総合素材メーカー。「人と社会と地球のために」を企業理念に、セメントや銅地金といった基礎素材の供給・加工などを通じて、21世紀のより豊かな地球社会実現に貢献する企業を目指す。

文/横堀夏代 撮影/ヤマグチイッキ