レポート

2019.07.29

グローバルテクノロジートレンドから考察する
働き方の未来 vol.1

第9回働き方大学
「ABW×スマート化ワークプレイス」編 セミナーレポート

テクノロジーによってスマート化するにつれて、働き方はより柔軟で創造的になると期待されている。そしてそれを支える「働く空間」は流動的かつ統合的な「WaaS (Workplace as a Service)」 に向かう一方で、行き過ぎたデータ管理社会はワーカーの幸せを超え、息苦しい完全監視社会になっていくことが懸念されている。はたして、人は今後テクノロジーとどう向き合って働く環境を築いていくべきなのか。今回は6月21日に虎ノ門ヒルズで開催された「グローバルテクノロジートレンドから考察する働き方の未来」のセミナーの様子をレポートする。

スピーカーは世界1000箇所もの現場を取材してきた「WORKSIGHT」の編集長・山下正太郎氏。グローバルで最先端の働き方とスマート化ワークプレイスの事例を紹介しながら、働き方の未来について語ります。前半はワークプレイスの現在とトレンドについて。


もはや避けられない
ワークプレイスのスマート化は必至?

今日はワークプレイスのグローバルトレンドについてお伝えします。今、さまざまなワークプレイスや都市において、テクノロジーを活用した「スマート」というキーワードで大きな変化が訪れています。

これから紹介する事例を突飛だと思われるかもしれませんが、通例グローバルトレンドは日本に5~10年遅れてやってくるという特徴がありますので、そう遠くない未来の社会と考えていただくのが良いと思います。

1_org_075_01.jpg

いま、グローバルでスマート化が進んでいる要因は大きく3つあります。

1.若い世代が働く場に入ってきた
ミレニアル世代(1980年以降生まれ)、ジェネレーションZ(2000~2010年生まれ)といった若い世代が世界の労働人口の中で大きな割合を占めるようになってきました。青春時代から携帯電話やインターネットサービスに慣れ親しんでいたり、効率的なことを好む世代が職場に入ってきたことでスマート化への対応が迫られています。

2.データの収集/分析/再利用
さまざまなデータを取得する「センサー」の値段が爆発的に下がっています。センサーを使ってデータを吸い上げるIoT技術が整い、それをビッグデータ分析できるようになり、さらにAIで「こんな傾向がある」など分析したうえでもう一度現場のIoTに指示を出して環境を最適化する、といった技術的な素地が整ってきたということもポイントです。

3.スマート化を避けられない社会的状況
最近は日本でもようやくストローやビニール袋などプラスチックの使用をやめようという動きが出てきましたが、サステナビリティ、サーキュラー・エコノミーといった循環型社会を実現する意味で環境負荷の少ない技術によるスマート化導入が進んでいます。

そんな中で、オックスフォード大学の研究者ケイト・ラワース氏が発表した「ドーナツ経済学」という概念が最近話題になっています。化石燃料など地球資源を使った経済成長を円の外側とし、これ以上広げても公害や環境問題の点から発展は難しく、逆に今ある資源を使わなければ飢餓や病気蔓延などの問題が起こり、基本的人権が満たされないという状況を円の内側にしてドーナツのように表した図です。つまり人間は円の内外から挟まれた可食部分=ドーナツ部分で繁栄していかなくてはならないという概念です。



世界はこんなに進んでいる!
スマート化の事例

そこで、ここではテクノロジーによって大きく進化した世界のスマート化について具体的な事例をご紹介します。

まだデモ段階ですが、ヘアサロンやレストランの予約などをAIにオーダーをしておくと、AIが電話をかけ予約が取れると本人に結果がフィードバックされるというサービスです。AIの声や会話の内容は人間と変わらないほどナチュラルです。将来的には依頼者本人の声を再現することもめざしています。AIなどのさまざまなテクノロジーが発展すると、今までの面倒な事務的作業を代替させることができます。

会議中、AIが音声を認識して議事録を作成します。さらに会議中の重要なコメントやTo Doなども自動的にピックアップしてまとめてくれます。日本語と違って英語は同音異義語が少なくAIでも認識しやすいこともあり、非常に高い精度で実現しています。

事例3:eXp Realty(イーエックスピー・リアリティー)
VR(Virtual Reality=仮想現実)、AR(Augmented Reality=拡張現実)の分野では、eXp Realtyという不動産会社の社員約13,000人のうち3/4がアバターを使ってヴァーチャルで出社し、VR上の架空のオフィス空間で仕事をしています。ワーカーにとって出社の自由が担保されることによって、ワークライフバランスが叶いやすくなるだけでなく交通渋滞の軽減やCO2の問題といった環境負荷を下げられる社会的メリットもあります。

このように個人ワークのスケールでは、これまでのキーボードを使った入力方法から音声やVRさらには脳波や眼球トラッキングなど、人間にとってよりナチュラルなUI(User Interface)に変化することでスマート化が進んでいます。



特有の文化が弊害に?
日本におけるABWの難しさとは

日本でも昨今の働き方改革を例に出すまでもなく、今後は働ける人材を増やすためにワーカーが分散して働けるよう、より柔軟な労働環境をつくろうとする動きが加速するでしょう。そこでキーワードとなるのがABW (Activity Based Working)という働き方です。

1_org_075_02.png

ポイントは「時間と場所をワーカーが自分の意志で選択できる」ということ。オフィスの中をどう自由に使うかという「フリーアドレス」「ノンテリトリアル・オフィス」「アクティビティ・セッティング」といった言葉とよく混同されますが、概念が全く異なります。ABWには高騰する都市部のオフィス賃料を削減したい企業と、ワークとライフをミックスさせたいワーカーの双方にニーズがあります。

私の感覚では海外から輸入されたABWという概念が予想以上に日本に浸透しているように思います。ただし成功している欧米と日本とでは背景となるカルチャーが異なるので、日本なりの解消すべき課題は少なくありません。

たとえば、
・会社に管理されずとも自分を律する「セルフコントロール」の低さ
・新入社員を"会社の中"で育てる手取り足取りの「OJT制度」
・逐一報告しなければならない「進捗管理」
・高年齢層における「デジタルリテラシー」の低さ
・文字を文字どおりに受け取れず忖度してしまう「ハイコンテクストカルチャー」

などが挙げられます。つまり日本でABWを成功に導くためには、チェンジマネジメントを同時にやっていかなければならないわけです。



ABWはテクノロジーによって
次のステージへ

ABWは海外では単に時間と場所の選択だけでなく、すでに次のステージに入ってきています。

事例4:BCG HQ(アメリカ:ボストンコンサルティンググループ本社)
ボスコンの愛称でも知られるビジネスコンサルティングファームです。ABWを実現するために独自開発した専用アプリでワーカーの行動をより最適化し、さまざまなサービスをスムーズにつなぎます。こうしたアプリを積極的に活用した働き方を最近では「APPセントリックワーク(アプリ中心主義の働き方)」と呼ぶようになってきています。たとえば、荷物を保管するロッカーの検索、ロッカーの開錠や自席の予約、ワーカーの位置検索、ランチの精算など、勤務中のさまざまなアクティビティがアプリを中心につながっています


62階建という超高層ビルですが15階に1層くらいの割合でジムやリトリート、コワーキング、バーラウンジ、レストランなどさまざまなアメニティフロアがあります。

1_org_075_03.png

これまで企業ごとに所有していたアメニティを統合し、ビル全体でシェアするという思想になっています。アメニティの利用状況の確認や予約もテナントユーザー専用のアプリで行いますライフとワークを積極的にミックスしたいというミレニアル世代のニーズに応えた新しいビルです。

EDGEは近年スマートワークプレイスやスマートビルの代名詞になっているブランドです。最新のビルでは空間に配置された6万個以上のセンサーを使って空間自体がユーザーの行動を最適化します。たとえばアプリで室内の温度や照度、音楽などを細かく調整したり、音声で会議システムを立ち上げたりできるようになっています。

事例7:Galaxy SOHO(中国:ギャラクシーソーホー)
北京にある1フロア約2万平米のメガフロアを有するテナントビルですが、オフィス空間やインテリアにはアルゴリズムを使った「ジェネラティブ・デザイン」が採用されています。光の当たり方や風の流れ、人の滞留度合いといったパラメーターを設定すると自動的に最適なレイアウトが出力されるプログラムが組まれています。

このようにオフィススペースのスケールでは、センサーなどによるデータ収集/分析、アプリによる行動のカスタマイズがABWのネクストステップとして起こっています。

1_org_075_04.jpg

次回vol.2では、働く場だけにとどまらず都市づくりにまで発展した世界のワークプレイスについてご紹介します。

山下 正太郎(Yamashita Shotaro)

コクヨ株式会社 クリエイティブセンター 主幹研究員 WORKSIGHT 編集長。コクヨ入社後、戦略的ワークスタイル実現のためのコンサ ルティング業務に従事し、手がけた複数の企業が「日経ニューオフィス賞」を受賞。2011 年にグロー バル企業の働き方とオフィス環境をテーマとしたメディア「WORKSIGHT」を創刊。2016 年‐2017年 ロイヤル・カレッジ・オ ブ・アート(RCA:英国国立芸術学院)ヘレン・ハムリン・センター・フォー・デザインにて客員研究員を兼任。世界各地のワークプレイスを年間100件以上訪れ、働く場や働き方の変化を調査している。

文/株式会社ゼロ・プランニング 写真/新見和美