レポート

2019.01.25

日経ニューオフィス賞受賞企業から学ぶ「経営戦略」としてのオフィス移転最前線 vol.1

第5回働き方大学
「本社移転プロジェクト_オフィス構築プロセス」編 セミナーレポート

2018年3月に移転した新本社が「日経ニューオフィス賞(※1)」を受賞した新日鉄興和不動産。この本社移転プロジェクトリーダーを務めた総務部長 鶴田悟氏による経営戦略として実施した「移転の狙い」と「オフィス構築プロセス」についての講演を紹介する。今回は、オフィス構築のプロセス編として、移転の準備段階を追っていく。快適なオフィスを目指し、プロジェクトの過程で見えたこととは?

※1:日本経済新聞社と一般社団法人ニューオフィス推進協会(NOPA)が、「ニューオフィス」づくりの普及・促進を図ることを目的とし、創意と工夫をこらしたオフィスを表彰する制度

経営ビジョンを叶え
経営課題を克服するために

【鶴田悟氏 講演概要】
新日鉄興和不動産は、2012年10月にオフィスビルや高級賃貸マンションの開発や賃貸事業を行なっていた興和不動産と、新日鉄住金グループの遊休地の開発、マンションの分譲や建て替えなどを行なっていた新日鉄都市開発の2社が合併してつくられた会社です。従業員数は約500名(2019年1月現在)。2017年9月に旗艦ビルとなる赤坂インターシティAIRを竣工し、その約半年後の2018年3月末にその20階、21階に本社を移転しました。

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本社移転のきっかけとなった
経営課題

経営ビジョンは、「市場競争力を持った『強くて良い会社』の早期実現」。現場主義をモットーに、タテ・ヨコ・ナナメの連携を高めて、社員一人ひとりがプロフェッショナルとして120%の力を発揮する、そんな会社を目指しています。

一方、少子高齢化などで不動産マーケットの縮小が予想される中、「勝ち残るためには強み・特色の創出が急務」と考えています。経営統合からすでに5年以上経ち、旧2社の融和も自然と進んでいますが、特徴や強みの異なる二つの会社が一つになったことによる"シナジー"が、十分発揮されているかというと、必ずしもそうとは言えないというのが経営課題でした。今回の本社移転も、そのことが一つのきっかけとなりました。



3つの移転目標

今回の本社移転の目的は、「更なる成長・飛躍の起爆剤とし、自由闊達で働きがいのある職場を実現すること」でした。具体的には、以下の3つのことを実現したいと考えました。

更なる成長を目指す
従来、私たちのようなデベロッパー企業は、賃料の高いビルにはお客様に入っていただき、自分たちはより安い賃料のビルに拠点を構えるのが一般的でした。しかし、昨今、この状況が少し変わってきています。私たちも、むしろお客様に近いところでその声を直接聞きながら、緊張感を持ってサービスの向上に努め、更なる成長を目指したい、そういった強い思いから、あえてこの旗艦ビルに引っ越してまいりました。

赤坂エリアで存在感を示す
実は、赤坂インターシティAIRが建つまさにこの場所が、当社ビル事業発祥の地なのです。この赤坂・虎ノ門エリアには、IT系の企業や外資系の企業もたくさんいらっしゃいます。この地に本社を構え、そうした企業に強みを持つデベロッパーとして存在感を示したい、これも移転を決断した理由の一つでした。

フロアを集約し、風通しの良い職場環境を創る
旧本社は9階建てで、各フロアにそれぞれの部署が分かれて入っていました。そのため、朝出勤してから帰るまで、他部署の人とまったく会わないということも当たり前のように起こっていました。これではシナジーを発揮するどころではないということで、何とかフロアを集約して部署同士の交流を円滑にしたいという強い思いがありました。新本社ではフロアを2つに集約し、さらにフロア間に内部階段を設置することにより、物理的にもかなりコミュニケーションを取りやすい空間となっています。



新本社オフィスの構築プロセス


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出典:「日経ニューオフィス賞受賞企業から学ぶ「経営戦略」としてのオフィス移転最前線」イベント投影画像


当社は、2016年6月の移転決定から、企画・デザイン・トライアルという2年弱の構築プロセスを経て、2018年4月から、新本社での運用を開始しました


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出典:「日経ニューオフィス賞受賞企業から学ぶ「経営戦略」としてのオフィス移転最前線」イベント投影画像


新本社は、ABW(※2)実践の場とし、フリーアドレスも導入する予定でした。しかし、当社には、ABW・フリーアドレスを経験した人間が一人もいませんでした。そのため、移転の半年前に、旧本社の8階に新本社で採用する予定の家具・什器を実際に持ち込み、約60名ほどのメンバーに協力してもらいフリーアドレスのトライアルを行いました。実施してみると、案の定、想定していなかった様々な課題が浮き彫りになりました。ただ、課題に対しては必ず打ち手があります。その打ち手を社内にフィードバックしたうえで、フリーアドレスにするか固定席にするかは、各現場の判断に委ねました

※2:Activity Based Working(=仕事の内容に応じて、自由に場所や時間を選択して働くことでよりクリエイティブな成果を促す仕組み)

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出典:「日経ニューオフィス賞受賞企業から学ぶ「経営戦略」としてのオフィス移転最前線」イベント投影画像


そのために新本社では、全社員分のデスクを用意しました。一般的にフリーアドレスを導入する企業は、トップダウンで実施するケースが多いのではないかと思います。それだけハードルが高いということなのですが、当社はあえて、働き方改革に取り組む現場の意思に賭けてみたということです。

実を言うと、事務局としてはなんとかフリーアドレスを実現したかったんです。フリーアドレスは、欧米では「ノンテリトリアルオフィス(=部署の垣根のないオフィス)」と呼ばれています。少子高齢化で不動産市場が縮小していく中、デベロッパーも新しいビジネスを開拓していく必要がありますが、縦割り組織の下で、毎日同じ上司、同じ同僚と席を並べ、受け身で仕事をしていたのでは、新しい発想は生まれません。

また、そうした組織の枠組みの下では、悪気がなくてもセクショナリズムが生まれやすくなります。部署の垣根を越えたコラボレーションの活性化が当社の最大の経営課題ならば、「多少不便なこともあるかもしれないけれど、一度、フリーアドレスに挑戦してみませんか」、そう現場に呼びかけてみた結果、約7割が、自らの意思で、フリーアドレスにチャレンジしてくれました。移転して7か月が経ちますが、フリーアドレスを選択した部署から、「やっぱり固定席に戻したい」という声は一切上がっていません。それどころか、現状のゾーン・フリーアドレス(各本部内でのフリーアドレス)をさらに拡大し、本部の枠を超えたフリーアドレスを実施したいという声も上がり始めています。そういう意味では、すっかりフリーアドレスが定着したと考えています。



オフィスのコンセプト


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出典:「日経ニューオフィス賞受賞企業から学ぶ「経営戦略」としてのオフィス移転最前線」イベント投影画像


「社員のmove(動く)を加速し、新たな付加価値を生み出すオフィス」、これが私たちのオフィスの新しいコンセプトです。実は、moveには、「動く」という基本的な意味に加えて、私たちがめざす働き方につながるさまざまな派生的な意味があります。

・appear(見える)
・discover(知る)
・meet(出会う)
・talk(話す)
・mingle(交わる)


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出典:「日経ニューオフィス賞受賞企業から学ぶ「経営戦略」としてのオフィス移転最前線」イベント投影画像


いずれも私たちがめざす働き方を表すワードであり、これら5つを実現できるオフィスを目指して設計を行いました。

鶴田 悟(Tsuruta Satoru)

新日鉄興和不動産株式会社 総務部 部長。1984年早稲田大学政治経済学部卒業後、株式会社日本興業銀行(現株式会社みずほ銀行)に入行。2013年当社入社、業務監査室長を経て2015年より現職。2016年より約2年間、当社本社移転プロジェクトにおいてプロジェクトリーダーを務めた。

文/株式会社ゼロ・プランニング 写真/新見和美