仕事のプロ

2018.02.05

起業家メソッドを学習できる「エフェクチュエーション」とは?〈後編〉

イノベーターの思考法を学ぶ

今、アントレプレナーシップ研究において脚光を浴びている「エフェクチュエーション」という起業家の思考様式。インド人経営学者、サラス・サラスバシーによって体系化されたもので、前半では、その核を成す4つの原則と1つの世界観を中心に解説した。エフェクチュエーションは、イノベーションを起こすために必要な理論であり、学習することもできる。そこで、後半では、エフェクチュエーションが今までの経営学のアプローチと何が異なるのかみていきながら、企業内で働くビジネスパーソンがこのメソッドをどのように活かせるのか、学術書『エフェクチュエーション―市場創造の実効理論』(サラス・サラスバシー著/碩学舎)の訳者の1人である立命館大学経営学部の吉田満梨准教授に話を伺った。

自分が持っている"資源"の
棚卸しから始めよう

次からは、実際に「学習可能」だというエフェクチュエーションを身につけるために何をすべきかを見ていこう。吉田准教授の講義では、前半で説明した核となる4つの原則と1つの世界観を詳しく説明すると同時に、ワークシートに落とし込みながら、グループでディスカッションを重ねているという。

コーゼーションでは「目的」を果たすために「自分は何をすべきか?~What should I do~」とまず考えるところだが、エフェクチュエーションでは「自分は何ができるか?~What can I do~」という観点から始める(原則①「手中の鳥」の原則、前半参照)。「エフェクチュエーションを実践するにあたっては、まず、誰もが持っている3つの"資源"を棚卸しすることから始めます。優れた起業家は以下の3つを洗い出すことで、自分が既に持っている手段が何か見つけているのです」

①「自分が誰であるのか?~who they are~」特質、能力、属性
医師やスポーツ選手と違い、起業家・イノベーターに特定のスキルや能力、属性は存在しない。自分自身をユニークたらしめているものを明らかにし、利用することが行動する一歩につながる。

②「何を知っているのか?~who they know~」教育、専門性、経験
個々が持つ知識のストックは、それぞれ個々の人生で蓄積されているため、ゴールは異なる。同じ出発点・同じ環境のベンチャーでも最終的に違ったものになる。

③「誰を知っているのか?~whom they know~」社会的ネットワーク
新たな取り組みを始める際の最大の"資源"は、自身がもっている人的ネットワークである。直接知っている家族や友人だけでなく、他者を通じてつながる人々も含む。また、その人たちが持つ手段を、自らの手段に加えることもできる。

こうした自分自身の棚卸しはよく紹介されていることだが、ポイントは「小さなことでも構わない」と吉田准教授は言う。「エフェクチュエーションでは『ローリスク・ローリターン』でもOK。大切なことは、まず行動を起こしてみることです。行動を起こし、そこで何ができるのか考えてみる。そこで出会った人たち(パートナー)からフィードバックをもらったらそれをヒントにしてもいいし、違うと思ったら立ち止まって方向性を変えればいい。まずは動くことです」

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このように、<資源の棚卸しをする→まず行動する→周囲の人間など他者とつながり、相互作用で新しいものを作り出す>というエフェクチュエーション的なプロセスを踏んでいくことで、はじめは想像すらしていなかった新しい可能性にたどりつくことがある。

吉田准教授にもこんなエピソードがあるという。「私の専門分野は実はマーケティング論です。エフェクチュエーションの本を翻訳したことから講義でこの話をすると、私が思う以上に反響があり、『イノベーションの実践法として話したらいいんじゃないか』『講義として展開したらどうか』といった声が上がった。このように、持っている"資源"を出すことによって、周囲から自分が思う以上のビジョンを持ちかけてもらったり、新しい方向性をつけてくれたりすることは往々にしてあるのです」

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吉田 満梨(Yoshida Mari)

神戸大学大学院経営学研究科 准教授。専門はマーケティング。「非予測的コントロール」に基づく思考様式(エフェクチュエーション)に関する理論的・経験的研究を行っている。著書に、『マーケティング・リフレーミング』(有斐閣)、『デジタル・ワークシフト』(産学社)、訳書に『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』(碩学舎)。

文/若尾礼子 撮影/出合浩介