仕事のプロ

2016.11.25

ワールドライブラリーにみる「ミッション×ビジネス」の実現法

業界の常識を疑えば新しいビジネスモデルが見える

「ビジネスのキーメッセージが決まれば、課題を乗り越えるアイデアは必ず見えてきます」と訴えるのは、株式会社ワールドライブラリーの林佑次さん。同社では海外絵本の翻訳出版を手がけているが、書店販売ではなくレンタルサービスが主流というユニークな方法で商品を流通させているのが特徴だ。なぜこのようなビジネスモデルを展開するに至ったのかを伺い、自ら信じたミッションを形にするための方法を探ってみた。

レンタルサービスの形で
海外発の絵本を子どもたちに


2015年に設立された株式会社ワールドライブラリーは、海外絵本の出版事業を手がける出版社だ。とは言っても、大手出版社による海外絵本出版とは、スタイルが大きく異なっている。大手出版社では通常、海外の出版社と直接交渉はせず、エージェントから紹介された絵本だけを翻訳出版している。このような事情から、日本の大手出版社といえども、海外では知名度がかなり低いケースが多い。

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これに対して同社では、欧米各国の絵本を中心に、南米やアジア、アフリカ、オセアニアなど幅広い地域から選りすぐった絵本の版権を自社で購入し、翻訳出版を行っている。すでに約90冊の絵本を発行し、30か国の出版社と直接契約を結んでいる。
そして出版した絵本は、レンタルサービスという方法で子どもたちに届けているのだ。クリニックや住宅展示場、保育園、大規模マンションの共用部といった子どもが集まりやすい場所に絵本をまとめて設置し、定期的に本を入れ替える事業形態を取っている。つまり子どもたちは、保育施設や待合いスペースで、手軽に世界の絵本を手に取って眺められるわけだ。なぜ同社では、このような形態を選んだのだろうか。

その理由を説明する前に、同社の常務取締役を務める林佑次さんに、海外の絵本に注目するようになったきっかけからお聞きした。林さんはかつて、ワールドライブラリーの母体となっている印刷会社で、海外工場と連携した日本市場向けの案件を手がけ、雑誌の付録や商品パッケージやレコード会社の印刷事業を行っていたという。その頃に世界各国の絵本を手に取る機会があり、クオリティーの高さに驚いたそうだ。
「斬新なアイデアの仕掛け絵本や、海外の文化と価値観が凝縮されたストーリー絵本など、日本では目にしたことのないものばかりで、世界にはこんなにすごい絵本が溢れているのか! と夢中になりました。そして気がつけば、『自分が味わった感動を、日本の子どもたちにも体験してほしい』と考えるようになっていたのです」

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キーメッセージとともに
ビジネスモデルが固まった


――海外のすばらしい絵本を日本に紹介したい――
ミッションを感じた林さんは、これはと思った200冊の原書を日本のブックフェアーに出品したり、絵本を手がける出版社を数十社訪問したりして、翻訳出版の打診を行った。つまり、出版エージェントという新事業を勤めている印刷会社で立ち上げ、絵本を市場に出そうとしたわけだ。ただし、あくまで印刷会社の一事業と考えていたので、自社で出版を行うという発想はなかったという。
実際の絵本を見せたときの出版社のリアクションは上々で、林さんは大いに期待を抱いた。しかし実際には、出版までこぎつけたのは20冊程度だった。
「話が進む過程でわかってきたのは、日本の絵本事情の厳しさでした。というのも書店では絵本の売り上げが厳しく、確実に売れるものしか置かなくなってきています。具体的には、数十年前から版を重ねてきたロングセラーと、テレビアニメのキャラクター絵本です。このような状況ですから、新作の翻訳絵本が書店の売り場で目立つ位置に置かれることは非常に少なく、したがって売上げも見込めないのです」
 出版業界においては、翻訳絵本の初版部数は通常で3000部が常識だ。海外出版社との版権交渉でも、3000部が最低ラインとなっているケースが多い。しかしそれだけの売上げを期待できないとなると、日本の出版社では海外絵本の出版点数を絞らざるを得ない。林さんが持ち込んだ原書の9割が出版に至らなかったのは、いわば自明のことだったのだ。

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株式会社ワールドライブラリー

「絵本を開くと、世界が開く。」をキャッチフレーズに海外の絵本を翻訳出版し、レンタルサービスなどの形で子どもたちに届ける事業を展開する。今までになかったビジネスモデルが評価され、2016年にキッズデザイン賞を受賞。2016年度からは、厳選した絵本を定期的に個人宅に届ける「マンスリーブッククラブ」という買い切りサービスも開始。各国大使館との共催による読み聞かせイベントなども精力的に行っている。詳しい事業内容や新刊、イベントのご案内はこちらまで。

文/横堀夏代 写真/曳野若菜