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2016.11.14

毛利元就 「三矢の教え」 

ビジネスに役立つ、戦国十傑の哲学と西洋思想〈その9〉

歴史には数々の英傑たちが存在します。ナポレオン、ガンジー、劉邦…。もちろん、日本史にも。そして、彼らが成し遂げた偉業や金言は歴史書などに記録され、今も私たちと共にあります。それは読み解かれるべきものであり、私たちの生き方に活かされるべきもの。そして、当然ビジネスの場においても、活かされるべきものなのです。私たちが活かしてこそ、初めて英傑たちは息づいてきます。信奉しているだけではNG。無数に英雄たちの言葉を入り口の一つとして紹介します。まずは戦国乱世に生きた武将たちの言葉をひもといていきましょう。

今回は、戦国時代中国地方の雄、毛利元就から学びましょう。彼には「三矢の教え」の逸話があります。三人の子の毛利隆元、吉川元春、小早川隆景への遺訓とされています。「一本の矢では簡単に折れる。三本の矢はなかなか折れない。三人力を合わせなさい」という内容です。
 
少し脱線しますが、逸話と史実が違うことはよくありますね。この逸話でも、元就が三人の息子に実際に送った『三子教訓状』にこの記述はありません。とはいうものの、私たちの日常に活かせる形に史実が変化していくこともまた事実。「三本の矢」も逸話となり、私たちを支え続けています。
 
さて、ここでイソップ寓話の「ケンカをする農夫の兄弟」を紹介します。
 
ある農夫に、ケンカばかりしている三人の息子がいましたが、言葉ではとうてい改心してくれません。そこで農夫は息子たちに棒の束を持って来させると、そのうちの一本を渡し、折ってみろと命じます。三人とも軽々と折ってしまいます。続いて、三本を束にした棒を渡して、折ってみろと命じたところ、三人とも折ることができませんでした。
この話は「お前たち三人も心を一つにしろ」という教訓です。
 
古今を問わず、東西も問わず、同じ教えが遍在するものです。元就の「三矢の教え」も、イソップの「ケンカをする農夫の兄弟」も、その要が、矢も棒も《三本》であることにあります。三という数字は私たちにとって、他の数字にはない何か特別な働きを持っているようです。
 
慣用表現を調べてみましょう。
「三拍子揃う」とは、必要な条件をすべて満たしていることを意味し、もともとは小鼓(こづつみ)、大鼓(おおかわ)、太鼓の三つの拍子が揃うことでした。「三度目の正直」とは、一度目二度目は当てにならず、三度目が確実と、なぜかバクチの世界でも言われていたようです。他にも「三人集まれば文殊の知恵」や「三つ子の魂百まで」など、まだまだ尽きなさそうです。
 
三にまつわる四字熟語も枚挙にいとまがありません。「三位一体」は、三位一体となった力士」のように使っています。他にも「孟母三遷(もうぼさんせん)」は、教育には環境が大事という意味で、孟子の母が三度、転居した故事に由来します。「舌先三寸」は、本心でない上辺だけの巧みな言葉を意味し「舌先三寸で世を渡る」のように使います。「三顧之礼」は、劉備が諸葛亮の庵を三度訪れ、軍師として迎えた故事に由来します。「三枝之礼」は、子鳩が親鳩より三本下の枝にとまって、親に対する礼儀を守ることから、親を敬うさま、「三代相恩」は、祖父以来3代にわたって主君の恩恵をうけるさまを表します。「韋編三絶(いへんさんぜつ)」は、何度も繰り返し本を読むことです。
 
キーパーソンや大切な物が三番目に現れる物語も、数多くあります。シェークスピアの『リア王』では、長女と次女が父親を裏切り、国を乗っとりますが、三番目の末娘コーディリアがフランス王妃となり父親を助けます。フランスの詩人、童話作家であるシャルル・ペローの『長靴を履いた猫』も同様ですね。三人の息子に遺産が渡されます。長男には粉挽き小屋、次男にはロバ、三男には猫。そしてこの猫が大活躍して、三男を王様にまで出世させます。『三匹の子豚』もしかり。
 
さて、このままだとウンチクで終わってしまいますので、「三」という数字の価値について考えてみましょう。私たちは二つの事を対立させて考える傾向があります、これは本性といってもいいでしょう。愛憎、自他、長短、損得などなど。しかし、事を対立させているだけでは、そこから発展していくことは望めません。二つの対立している面から向上したり飛躍したりするために必要なものが、第三項ではないのでしょうか。
 
これは「ウインウイン」の関係にも利用できると思います。あなたとわたしだけの関係で「ウインウイン」をつくっても、一つのプロジェクトが終わった時に利益以外何も残っていないかもしれません。さらに三つ目のファクターがそこに働いているとき、「ウインウイン」の関係が次の段階へ進化していき、「ウインウインウイン」という関係を目指せるのではないでしょうか。
 
脚は二本では倒れますが、三脚は自立します。元就からわたしたちは「三本の矢」を受け取っています。毛利家を発展させたのは「二本の矢」ではありません。今わたしたちも、お互いの関係を導くようなもう一つの力に注意してみてはどうでしょうか。
 

大竹 稽 (Ootake Kei)

作家・モラリスト。十六世紀から十七世紀にかけてフランスで活躍したモラリスト(モンテーニュ、パスカルら)が主な研究対象。これまでの論文のテーマは、サルトル、ニーチェ、バタイユなど。「自己」と「生死」についての究明が生涯の課題である。世田谷区の九品仏で親子向けの哲学道場を開いている。

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