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2016.09.15

上杉謙信 「義理と大利」

ビジネスに役立つ、戦国十傑の哲学と西洋思想〈その6〉

歴史には数々の英傑たちが存在します。ナポレオン、ガンジー、劉邦…。もちろん、日本史にも。そして、彼らが成し遂げた偉業や金言は歴史書などに記録され、今も私たちと共にあります。それは読み解かれるべきものであり、私たちの生き方に活かされるべきもの。そして、当然ビジネスの場においても、活かされるべきものなのです。私たちが活かしてこそ、初めて英傑たちは息づいてきます。信奉しているだけではNG。無数に英雄たちの言葉を入り口の一つとして紹介します。まずは戦国乱世に生きた武将たちの言葉をひもといていきましょう。

子供のころによく思っていたものです。「謙信や信玄が、もう少し長生きしていたら、戦国時代はどのように変わっただろう? 謙信や信玄が、もう少し京都に近いところで生まれていたら、どうだっただろう?」
がんぜない妄想でした。きっと、歴史に「だったろう」はないのでしょうね。土地、時代、血筋すべてそろってこそ、彼らの物語が成り立つはずです。
 
さて、甲斐の虎と呼ばれた武田信玄に続き、今回の武将は越後の龍こと上杉謙信です。
信玄と干戈(かんか)を交えること数次、終生のライバル信玄が天下取りを目標にしていたことは確かなようですが、謙信ははたしてどうでしょうか? 領土を広げることよりも、越後を豊潤な土地にすることに力を注いでいたようです。
 
謙信によれば、信玄の戦術は後の勝ち、つまり一つでも国を多くとることに専念する。一方、謙信自身は「この一戦」に集中することを義としました。さらに、「敵に塩を送る(敵対関係にあった謙信が塩不足で困窮していた信玄に塩を送って助けたという話に由来)」も謙信の義。
 
「塩を以って敵を屈っせしむることを是とせず」
 
敵の窮状を突くのが是とされていた時代に、この姿勢は異端だったはずです。
私たちにとって上杉謙信は、まさに正々堂々とした義の男を彷彿させます。「大事は義理の二文字」の武者であり、また一人の聖者だったのでしょう。彼は幼少期、林泉寺の六世住職に育てられました。おかげで論語が身にしみていたのでしょう。彼の生き様は「義を見てせざるは勇なきなり」という、論語でも指折りのフレーズをそのまま具現化しています。
義理を重んじた謙信は、天下取りレースでは競争相手の後塵を拝していたのかもしれません。なにせ、そこを目標にしていなかったでしょうから、謙信にとっては「レースに出場している」意識もなかったでしょう。とはいえ、天下を取れなかったことは事実。では、義理を重んじる人は、効率重視のライバル(織田信長たち)に遅れをとってしまうのでしょうか?
 
かの時代、利益は城を一つでも多く落とし、領土を少しでも広げることで生まれていたのでしょうし、それがリーダーに求められていたのでしょう。にもかかわらず、己の義を貫いた謙信は、リーダーとして不適切だったのでしょうか?
 
そんなことはありませんよね。上杉家の棟梁としての資質もさることながら、人間謙信に惹かれた男たちは数多くいたことでしょう。
さらに、「利」についても、彼だけは時代や国を問わず通用する理論をもっていたようです。そこにみえてくるのが、二つの利、「小利」と「大利」です。
 
孔子の思想『論語』をみてみましょう。
「君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る」という言葉があります。意味は、「優れた人物は人としてあるべき姿を判断基準とし、小さな人物は自分の利益のみを判断基準とする」ということ。
孔子もまた、春秋戦国時代に生きています。そんな生き馬の目を抜く時代に、「義理」を貫いて利益はでるのでしょうか?
 
孔子は戒めます。義理はなくても利益はでる。しかしそれは小人のやること、その利は「小利」である。目先の小さい利益でしかない。君子は大局をみる。義理を貫いて得られる利こそ「大利」である。
 
フランスの宗教戦争の時代を生きた思想家、モンテーニュも同じことをいっています。己の「計画のうちに思慮があるか、行動のうちに善と義があるか」、ここを大切にしなさい、と。
 
孔子もモンテーニュも、先行き不透明な時代を生き抜いた思想家です。ぼんやりと霧がかった時、私たちはとかく目の前のことばかりに意識が向いてしまい、それで足元をすくわれてしまうこともままあるでしょう。戦国時代にもまた、「小利」ばかり求めて足元から転覆してしまったリーダーたちがたくさんいたことでしょう。
 
謙信は、そんな私たちの本性を見抜き、戒めます。「そんなときこそ、義を貫け」と。
 
「小利」の対義語に、「大利」があります。そして大利には二種類あります。予測された規模の「利」と、予測すら超えた「利」。きっと義理がもたらす「利」とは、大いなる「利」、不可測の「利」なのでしょう。
 
謙信が遺した16条の家訓があります。『宝在心』です。そこにこんな一文があります。
 
「心に欲なき時は義理を行う」
意味は、「無欲であれば、正しい行い、良識な判断ができる」ということ。
 
再度、武田家と比べて締めくくりましょう。信玄亡き後の武田家がたどった路は、長篠の戦い、天目山の戦いなどでみなさんご承知のことと思います。一方、上杉家においても、謙信の死後、二人の養子の間で内乱(御館の乱)が起こってしまいます。しかし、勝利した上杉景勝は秀吉の重臣になりますし、江戸時代に入ってもいくつかの逆境を、上杉家は類稀な天恩で乗り切っていきます。そんな上杉の武士たちは、謙信の義を終生、怠ることなく大事にしたそうです。
 

大竹 稽 (Ootake Kei)

作家・モラリスト。十六世紀から十七世紀にかけてフランスで活躍したモラリスト(モンテーニュ、パスカルら)が主な研究対象。これまでの論文のテーマは、サルトル、ニーチェ、バタイユなど。「自己」と「生死」についての究明が生涯の課題である。世田谷区の九品仏で親子向けの哲学道場を開いている。

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