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2016.08.17

伊達政宗 「過ぎれば...」

ビジネスに役立つ、戦国十傑の哲学と西洋思想〈その4〉

歴史には数々の英傑たちが存在します。ナポレオン、ガンジー、劉邦…。もちろん、日本史にも。そして、彼らが成し遂げた偉業や金言は歴史書などに記録され、今も私たちと共にあります。それは読み解かれるべきものであり、私たちの生き方に活かされるべきもの。そして、当然ビジネスの場においても、活かされるべきものなのです。私たちが活かしてこそ、初めて英傑たちは息づいてきます。信奉しているだけではNG。無数に英雄たちの言葉を入り口の一つとして紹介します。まずは戦国乱世に生きた武将たちの言葉をひもといていきましょう。

約30年ほど前に放送されたNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』では伊達政宗を渡辺謙が演じ、大河ドラマ史上で指折りの視聴率を獲得しました。歴史小説でも山岡荘八を始め、司馬遼太郎など、そうそうたる作家たちが伊達政宗を主題に選んでいます。この人気には、「天下人より伊達男」、そんな日本人の美学が映し出されているようです。
 
彼のエピソードは数多くありますが、今回はその一つ、儒教における五つの徳「仁、義、礼、智、信」を政宗視点で表現した『伊達政宗五常訓』を紹介しましょう。
 
仁に過ぎれば弱くなる。
義に過ぎれば固くなる。
礼に過ぎれば諂(へつら)いとなる。
智に過ぎれば嘘をつく。
信に過ぎれば損をする
 
ここで、繰り返される「過ぎる」には、なにごとも過ぎてしまえば「不徳」になるという意味が込められています。
政宗独特の言い表し方ですね。
 
古来より東西を問わず、「過ぎる」は警告されてきました。
例えば政宗が愛読した『論語』にも、「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」とあります。
また、アリストテレスが残した、倫理学に関する草案や講義ノートをまとめた『ニコマコス倫理学』にも、「倫理的な卓抜性、すなわち徳とは中庸(ちゅうよう)であること」とあります。
アリストテレスにとって中庸とは、偏らず常に変わりないことを意味し、これを「徳」と定義しているのですね。
 
ここで、「過ぎる」を「バランス」に言い換えて、アリストテレスを参照してみましょう。
例えば、勇敢は臆病と無謀の中庸(中間)に位置付けられます。恐怖と平然のバランスがとれているとき勇気は発揮され、どちらかに傾くと臆病か無謀になってしまいます。
 
みなさんの周りに「過ぎている」人はいませんか?
 
例えば、「オレは勇気がある」と豪語する人。
実は、勇気ではなく無謀だったりしませんか? 
政宗流に表現すれば「勇に過ぎれば蛮となる」でしょう。
アリストテレス流では勇気が過ぎれば「不徳」ということになります。
 
みなさんの周りに「口が過ぎている」人はいませんか? 
 
儒教(儒学)の基本思想を示した『中庸』という経典に、理念より実践が重んじられた、「執中(しつちゅう)」という教えがあります。「中を選び行動せよ」と説いているのです。ここで問題となるのが、選択をする私たちの心です。そこに執着があればその選択は道を外れます。
また『中庸』では、「考えや判断が大きく偏らない」中庸の大切さも説かれています。中庸は、真ん中や平均値と見なされがちですが、それでは事なかれ主義に陥りやすく、怠け心の表れにもなります。
執着なく、偏り無く、過ぎることなく判断(選択)することこそが、「徳」となるのです。
 
孔子は、「人にして仁ならずんば、礼をいかん。人にして仁ならずんば楽をいかん」、
さらに「まことに仁に志せば悪しきことなし」と断言します。
すなわち、「仁」は最高の徳行であり、偽りの「仁」には、必ず自己愛が見透かされる、と。
 
仏教の大本(たいほん)に「自利利他(じりいた)」という言葉があります。
これは「自らの悟りのために修行し努力することと、他の人の救済のために尽くすこと」ということ。
自ら悟り、人々を救済しなさい。
そう言われても、「自利が先か、利他が先か…?」いやはや、実に難しい問題です。
けれども、そう考えてしまうことこそ不仁の表れなのです。
自利も利他もそもそも分かれているのではなく、慎んで「仁」を実践していきましょう、それを「自利即利他」と説いているのです。
 
 
あらためて、正宗の『伊達政宗五常訓』をみてみましょう。
 
仁に過ぎれば弱くなる。
義に過ぎれば固くなる。
礼に過ぎれば諂(へつら)いとなる。
智に過ぎれば嘘をつく。
信に過ぎれば損をする
 
政宗は、「仁義礼智信」の「過ぎる」を戒めました。
 
「お前には思いやりがない!」と叱るとき、私たちは思いやりを欠いていないだろうか。
「これが正義であれは正義ではない」と執着していないだろうか。
わたしの礼儀が慇懃無礼になっていないだろうか。
知識を誇る前に、その活かし方を考えることが知性ではないのか。
「あなたを信じます」の裏側には、「私に利益があることを信じます」がないだろうか。
 
政宗の遺訓は、戦場だけでなく、私たちの生活そのものに効きそうですね。

大竹 稽 (Ootake Kei)

作家・モラリスト。十六世紀から十七世紀にかけてフランスで活躍したモラリスト(モンテーニュ、パスカルら)が主な研究対象。これまでの論文のテーマは、サルトル、ニーチェ、バタイユなど。「自己」と「生死」についての究明が生涯の課題である。世田谷区の九品仏で親子向けの哲学道場を開いている。

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