仕事のプロ

2016.07.15

真田幸村 「六文銭」

ビジネスに役立つ、戦国十傑の哲学と西洋思想〈その2〉

歴史には数々の英傑たちが存在します。ナポレオン、ガンジー、劉邦…。もちろん、日本史にも。そして、彼らが成し遂げた偉業や金言は歴史書などに記録され、今も私たちと共にあります。それは読み解かれるべきものであり、私たちの生き方に活かされるべきもの。そして、当然ビジネスの場においても、活かされるべきものなのです。私たちが活かしてこそ、初めて英傑たちは息づいてきます。信奉しているだけではNG。無数に英雄たちの言葉を入り口の一つとして紹介します。まずは戦国乱世に生きた武将たちの言葉をひもといていきましょう。

NHK大河ドラマ『真田丸』、上田城攻防戦で例のあれが登場しました。例のあれ、そう、真田幸村といえば「六文銭」です。
今回は、幸村の六文銭を現代のビジネスシーンによみがえらせましょう。
 
六文銭は仏教でいうところの六道銭。「六道」とは、地獄道を始めとする六つの世界。
その数にあった金銭をもたせて成仏させるために、私たちの祖先は死者と一緒に六文銭を埋めました。
死者はそれをもって三途の川を渡るのです。
 
真田軍の六文銭は、戦から「生きて帰らない」という覚悟を兵士たちと共有させるもの。
 
そして、六文銭の旗印は、赤一色で揃えた鎧(赤備え)とともに敵軍を大いに震え上がらせ、その意気を挫くのに効果絶大だったようです。
 
ところで、兵法といえばあれ、世界無比の書が一つあります。ご存知、『孫子』です。
「兵法は、一に曰わく度、二に曰わく量、三に曰わく数、四に曰わく称、五に曰わく勝」
 
度とは物差し、量は枡、そして数は数で、称が比較。
 
これら全て「計算」を意味しています。そして最後に「勝つ」。孫子兵法の極意です。
そりゃそうですよね、未来予測が完全に計測可能であらゆる点で此が彼に勝っているのならば、結果は勝利しかないでしょう。
 
ここでみなさんにお尋ねしたい。
幸村の「旗印」と、孫子の「書」、どちらがより、ビジネスの現場に役立つでしょうか? 
 
もはや現代において、勝利のファクターは計算不可能です。それにも関わらず、軽佻浮薄(けいちょうふはく)な問いを世間ではよく耳にします。
「自分の未来像を描いていますか?」
「自分の強み弱みを理解していますか?」
「自分にとってふさわしい仕事がありますか?」
こんな勘定に追われ、いま目の前にある仕事がおろそかになっていませんか?
 
幸村がただの計略家だったらこれほどまでの人気はでなかったはずです。
理屈や策略ではない、私たちのハートを射抜くなにかを彼はもっていたはずです。
 
人間観には古今も東西もありません。太陽王ルイ14世治下の17世紀フランスに、華麗なる大貴族の一人、ラ・ロシュフコー公爵フランソワ6世という当代随一の武人が登場しました。
彼の言葉に「理性が達成させることもあるだろう。だが情念のほうがいっそう、我々を突き動かす」というのがあります。ラ・ロシュフコーもまた、一人のもののふとして、現場での計算を戒めています。
 
この辺りにデキル人間とデキナイ残念な人間の違いがありそうです。
 
また、「武士道というは死ぬ事と見付けたり」で有名な武士道の指南書に『葉隠』(山本常朝が口述、筆記者は別人)に次の一段があります。
 
「毎朝毎夕、改めては死に改めては死に、常住死身になりて居る時は、武道に自由を得、一生越度(おちど)なく、家職を仕果すべきなり」
 
武士道においては、武道と自己が一体化することが求められるようです。
私たちに置き換えると、仕事と自己が一つになることなのでしょう。
「武道に自由を得」にあるように、それが最高位の自由、究極の自由なのです。
 
仕事と自己が一つになる。
 
これは計算やマニュアルによるものではありません。一つのことに専心しているとき、私たちは悦びを感じています。
仕事ができている、つまり、私たちはデキル人間になっています。
 
「六文銭」の旗印のもとに集った意気軒昂な武者たちは、必死に戦います。
書を暗唱し、そろばんをはじきながら戦っているのが、デキナイ奴。
 
さらに、「毎朝毎夕、改めては死に改めては死に」を現代に置き換えてみましょう。
勝つ算段よりも目の前のことに集中する。それが「六文銭」の示唆することなのです。
 
「今日の仕事が明日あるとは限らない。毎朝、毎晩、仕事ができることに感謝する」。
 
自分の未来像こそ自分自身を束縛する、それこそ先入主、それこそ自縄自縛。
デキル人は余計なことなど考えないのでしょう。
 
今しかない!この仕事に感謝する。
 
そうすれば、「定めなき浮世にて候らへば、一日先は知らざる事に候」、悲壮感と孤独感を滲ませる真田幸村最後のこの言葉、これも積極的な意味をもって私たちの現場に生き帰ってきそうですね。

大竹 稽 (Ootake Kei)

作家・モラリスト。十六世紀から十七世紀にかけてフランスで活躍したモラリスト(モンテーニュ、パスカルら)が主な研究対象。これまでの論文のテーマは、サルトル、ニーチェ、バタイユなど。「自己」と「生死」についての究明が生涯の課題である。世田谷区の九品仏で親子向けの哲学道場を開いている。

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